映画やドラマで主演を務め、2026年には舞台『ハムレット』で初舞台に立った當真あみさんは、2006年11月2日生まれの沖縄県出身です。
所属事務所の公式プロフィールでも名前は「當真あみ」と表記されており、別名義の本名は公表されていません。
- 妹2人の姉として家庭で過ごし、落ち着いていると周囲から言われることもあった。
- 中学2年で沖縄でスカウトされ、母に相談したうえで芸能界入りを決意した。
- デビュー後の約3年間で、芝居への意識が「セリフを間違えないこと」中心から、共演者の芝居を受けて自分がどう返すかを考える段階へ変化し、俳優としての向き合い方が一段深まった。
現在は俳優として幅広い作品に出演していますが、幼少期から子役として活動していたわけではなく、中学2年生のときに沖縄でスカウトされたことから芸能界との接点が生まれました。
それまでは人前で話すことも得意ではなく、中学生のころに考えていた将来の仕事も俳優とはまったく違うものでした。
當真あみの生い立ちと家族|沖縄で音楽に親しんだ子ども時代
當真あみさんは沖縄県で育り、子どものころから父親、母親、2人の妹や祖父母、親戚との時間を重ねてきました。
後年、母親から幼少期の話を聞いたときには、現在の仕事ぶりからは少し意外な一面を知ったそうです。
「小さいころの私は大人の前でほとんどしゃべれなかったそうなんです」
SPRiNG ONLINE
母親からは、大人になって人前で話す仕事をしていることについて「こんなにしゃべれるようになったのが不思議だね」と言われることもあり、本人も仕事を始めてから少しずつ話せるようになったと振り返っています。
三姉妹の長女として育ち、妹2人のけんかを止めていた
きょうだいについては、當真さん自身が妹が2人いる三姉妹の長女だと明かしています。
友達から「お姉さんに見守られているみたい」と言われたこともあり、本人も妹がいるため「お姉さんっぽい」と言われることには納得する部分があったそうです。
ただ、家ではいつも落ち着いて妹たちをまとめていたわけではありません。
妹2人がけんかを始めると間に入ろうとしたものの、言うことを聞いてもらえず、最後には母親へ助けを求めることもありました。
仕事を始める前から、家庭では2人の妹を持つ「お姉ちゃん」として過ごしていました。
父がきっかけで3歳半からバイオリン、幼稚園からピアノ
當真さんの子ども時代を語るうえで欠かせないのが音楽です。
幼いころにNHK教育テレビの音楽番組『クインテット』が好きで、バイオリンを弾くキャラクター・アリアのまねをしていました。
その姿を見た父親は、もともと娘にバイオリンを習わせたいと思っていたこともあり、習い始めるきっかけを作りました。
3歳半ごろからバイオリンを始め、幼稚園に入ってからはピアノにも取り組み、一時期はジュニアオーケストラにも参加しています。
父親については、2023年のインタビューで仕事についても触れていました。
「私のお父さんは音楽に携わる仕事をしています」
non-no web
父親が自分の好きなことを追求している姿も、當真さんが尊敬しているところだと話しています。
バイオリン自体は好きだったものの、もともと人前に出るのが得意ではなかったため、発表会で演奏することには緊張していました。
俳優になる十年以上前から、音楽は當真さんの日常の中にありました。
母の島豆腐入りハンバーグと祖父母・親戚との沖縄の日常
食卓の思い出として何度も登場するのが、母親が作るハンバーグです。
一般的なハンバーグとは少し違い、肉と沖縄の島豆腐をほぼ1対1で混ぜて作るもので、母親は一度にたくさん用意していました。
當真さんが好きだったこともあり、夕食に食べた翌朝も、その日の夜も続けて食べることがあったといいます。
2025年になってからも、沖縄を離れて暮らす娘へ母親がこのハンバーグを送っていることを本人が明かしており、子どものころから続く家庭の味になっています。
祖父母や親戚との思い出も多く、毎年少なくとも一度は祖父母や親戚が集まり、祖父の家のバルコニーでバーベキューをしていました。
近くに海がある環境で育ったため、友達と海へ出かけたときにはTシャツや短パンのまま水に入ることもあり、本人にとってはそれが特別な遊び方ではなかったそうです。
幼いころには祖母が作るぜんざいもよく食べており、後年になっても「懐かしい味」として覚えていました。
家族情報
公開情報で確認できている家族について、続柄・職業・補足・出典を整理しています。
當真あみの中学時代|理学療法士を考えていた少女がスカウトされるまで
中学生になっても、當真さんは芸能活動をしていたわけではなく、沖縄で学校へ通う普通の学生生活を送っていました。
公表されている信頼性の高いプロフィールや本人インタビューでは出身中学校の校名までは明らかにされていませんが、当時の学校での過ごし方については本人の言葉が残っています。
硬式テニス部に入り、休み時間は友達とアニメや音楽の話
中学校では硬式テニス部に所属し、部活動にも取り組んでいました。
教室では比較的静かなタイプだった一方、仲のいい友達とは好きなアニメや音楽についてよく話していたそうです。
アニメは少年漫画系の作品を好み、地元の友人からおすすめされた作品を見ることもありました。
幼稚園のころから付き合いが続く地元の友達も多く、當真さんはその関係を家族に近いものとして感じていました。
芸能界へ入る直前まで、日常の中心にあったのは学校や部活、幼いころから付き合う友達との時間でした。
進路表に書いていた夢は「理学療法士」
中学生だった當真さんが考えていた将来の仕事は、俳優ではありませんでした。
2026年3月、大学生を前にしたイベントで中学時代を振り返り、当時の進路表について明かしています。
「それまでの進路表には、理学療法士と書いていました」
テレビ朝日
人を支える仕事がしたいと考えており、表に出る職業とは違う進路を思い描いていました。
授業中に人前で発表することも苦手で、大勢の前で自分の言葉を伝えることには強い緊張があったといいます。
そんな中学生の生活に、それまで考えたことのなかった選択肢が入ってきたのが2020年でした。
中2の2020年、沖縄で突然スカウトされる
2020年10月、中学2年生だった當真さんは地元・沖縄で現在の芸能事務所からスカウトされました。
本人は、スカウトというものは原宿や渋谷のような東京の街で起こるイメージを持っていたため、沖縄で自分が声をかけられたこと自体に驚いたそうです。
当時は女優になりたいと思っていたわけでもなく、すぐに芸能界へ入ると決めたわけではありませんでした。
「最初は芸能界に興味はなかったんです」
WEBザテレビジョン
その時点では、進路表に書いていた理学療法士と、突然現れた芸能界という二つの道の間にいました。
母に相談し、仕事現場を見て「やってみよう」と決めた
迷っていた當真さんに対し、事務所側は仕事について説明するだけでなく、実際の現場を見学する機会も用意しました。
事務所やテレビの収録現場を訪れて話を聞くうちに、普段は見ることのできない世界を自分の目で見てみたいという気持ちが生まれていきます。
それでも一人で決めるのではなく、母親へ「どう思う?」と相談しました。
母親は本人がやりたいのであれば挑戦してみればいいという姿勢で背中を押し、當真さんは「次に同じような機会があるとは限らない」と考えて一歩を踏み出しました。
スカウトされた瞬間ではなく、現場を見て、家族と話した時間を経てから芸能活動を始めることを決めています。
當真あみさんは沖縄県で育り、子どものころから父親、母親、2人の妹や祖父母、親戚との時間を重ねてきました。
中学生になっても、當真さんは芸能活動をしていたわけではなく、沖縄で学校へ通う普通の学生生活を送っていました。
當真さんの子ども時代を語るうえで欠かせないのが音楽です。
芸能界へ進むことを決めたあとも、すぐにテレビへ出演するようになったわけではありません。
デビュー後の約3年間で、芝居への意識が「セリフを間違えないこと」中心から、共演者の芝居を受けて自分がどう返すかを考える段階へ変化し、俳優としての向き合い方が一段深まった。
smart Web|當真あみインタビュー14歳でデビュー|初めての演技はリクルートの企業CM
芸能界へ進むことを決めたあとも、すぐにテレビへ出演するようになったわけではありません。
中学生のまま沖縄で生活しながら東京へ足を運び、事務所や仕事の現場に触れる時間を重ねていきました。
東京の事務所を訪れ、玉城ティナとの対面を経て所属へ
スカウト翌月の2020年11月には、東京にある事務所を訪れています。
そこで待っていたのが、同じ沖縄県出身で事務所の先輩でもある玉城ティナさんとの対面でした。
突然目の前に先輩俳優が現れたため、當真さんは緊張してほとんど話せなかったと当時の取材で明かしています。
その後、2021年1月に事務所へ所属し、演技を学びながら仕事を始める準備に入りました。
同年6月中旬には、リクルートが14年ぶりに制作する企業CMへの出演が決まりました。
初撮影で「希望を見つける」表情が分からなくなった
2021年7月、14歳でリクルートの企業CMに出演し、これが當真さんの芸能界デビューとなりました。
撮影そのものが初めてで、現場ではマイクロドローンを使い、カメラが人物の周囲を動きながら撮影する方法が採用されていました。
當真さん自身もドローンによる撮影を見るのは初めてで、完成映像を見るまで自分がどのように映っているのか想像しにくかったそうです。
さらに撮影終盤では、主人公が上を向いて「希望を見つける」という場面を演じることになりました。
具体的な動作とは違って「希望を見つけた表情」には決まった形がないため、どういう顔をすればいいのか分からなくなり、監督から人物の状況を説明してもらいながら考え直しました。
初めてカメラの前で芝居をした日に、言葉ではなく表情だけで感情を見せる場面と向き合うことになりました。
『妻、小学生になる。』でドラマへ進み、子役ではなく中学生から活動を始めた
CMデビューから数か月後には、次の仕事が決まります。
2022年1月にスタートしたTBS系ドラマ『妻、小学生になる。』への出演で、テレビドラマへ初めて参加しました。
當真さんが演じたのは、主人公の娘・麻衣が出会う中学生の出雲凜音で、デビューしたばかりの時期に連続ドラマの現場を経験することになりました。
「當真あみ 子役」「當真あみ 子役時代」という言葉で知られることもありますが、経歴を時系列でたどると、幼少期に子役として活動していた時期はなく、中学2年でスカウトされ、14歳でCMデビューしています。
2022年春には「カルピスウォーター」の14代目CMキャラクターにも選ばれ、中学校卒業を迎えるころには東京での仕事が増えていました。
當真あみの高校時代|沖縄を離れて東京で仕事と学校を両立
中学校を卒業すると、當真さんの生活は沖縄を中心としたものから大きく変わります。
高校への進学を機に沖縄から上京し、東京で学校生活と俳優の仕事を並行する3年間が始まりました。
高校入学を機に上京し、初めて電車のある生活へ
上京前に撮影を始めた1st写真集『Ami』には、中学3年の冬に沖縄で本人が実際に遊んでいた場所や通っていた店を訪れた姿も残されています。
そこから東京へ移ると、まず日常生活そのものに違いがありました。
沖縄では鉄道を日常的に利用する環境ではなかったため、東京で暮らし始めてからは電車で移動する生活にも慣れていく必要がありました。
人の多さや交通機関など、それまでとは違う環境の中で高校へ通いながら、撮影現場にも向かうようになります。
ただし、高校名については本人や所属事務所などの信頼できる公開情報で明らかにされておらず、学校名を断定できる根拠は公表されていません。
学校は仕事を離れて友達に会える「息抜き」の場所だった
高校へ入った時点ですでに芸能活動を始めていましたが、学校生活が仕事だけの日々にならない時間を作っていました。
「学校は私にとって息抜きをする場所でもありました」
マイナビニュース
勉強のためだけでなく友達に会うことも学校へ行く楽しみで、撮影現場とは離れた普通の高校生として過ごせる時間になっていたそうです。
学校側も芸能活動に理解があり、仕事と学業を両立できるよう支えていました。
本人は卒業を控えたインタビューでも、仕事と学校の両立を「大変だった」という印象では捉えておらず、どちらも楽しめた3年間だったと話しています。
撮影が続く時期にも、学校へ行けば仕事とは違う友達との時間がありました。
高校1年では剣道にも取り組み、学生生活を続けた
高校1年のころには、学校生活の中で剣道にも取り組んでいました。
小学館が2025年に発売した1st写真集『Ami』は、中学3年から高校3年まで毎年撮影を続けたもので、高校1年の冬には剣道に打ち込んでいた時期の姿も収められています。
中学校では硬式テニス部、高校では剣道と、芸能活動を始めたあとも学校の中で体を動かす時間を持っていました。
同じころにはCMやドラマの仕事が増えており、放課後や休日もすべて芸能活動だけに変わったわけではなかったことが、写真集に残された学生生活からも分かります。
高校生活の途中で『かがみの孤城』主演を1000人超からつかむ
高校1年だった2022年には、俳優として大きな仕事が決まりました。
辻村深月さんの小説を原作とする劇場アニメ『かがみの孤城』で、主人公・こころの声を担当することになったのです。
主人公役は1000人を超えるオーディション参加者の中から選ばれ、當真さんにとって初めての声優、そして映画での初主演となりました。
実写の芝居とは違い、収録では表情や体の動きを画面へ直接見せることができないため、声だけでこころの気持ちを伝える経験を重ねました。
2022年11月のプレミアイベントでは原恵一監督や共演者とステージへ立ち、翌12月に映画が公開されました。
高校2年になると大河ドラマ『どうする家康』や『最高の教師 1年後、私は生徒に■された』などにも出演し、学校へ通いながら異なるジャンルの現場を経験していきました。
幼少期からのバイオリン経験が『さよならマエストロ』で生きる
高校生活が後半に入った2024年、子どものころから続けてきたものが俳優の仕事と直接重なる作品に出会います。
TBS系日曜劇場『さよならマエストロ~父と私のアパッシオナート~』で演じた谷崎天音は、オーケストラに入りバイオリンへ挑戦する高校生でした。
當真さん自身には長年のバイオリン経験があったため、撮影前には東京音楽大学でレッスンを受け、自宅でもミュートを使って練習を続けました。
劇中では初心者の役を演じるため、上手に弾くことだけでなく、初心者らしい音の出し方も先生から教わっています。
「自分がやってきたことを生かせる作品に出られたことがすごくうれしいです」
TVガイドWeb
3歳半で始めたバイオリンが、高校生になってから役作りの中で再び必要になりました。
高校3年の冬まで続いた写真集撮影では卒業旅行として台湾を訪れ、高校生活の終わりも記録されました。
高校卒業後は俳優の道へ|学生生活を終えて仕事に軸足を置く
2025年春、當真さんは高校卒業の時期を迎えました。
中学校までは理学療法士という進路を考えていた本人に、再び大きな進路選択の時期が訪れます。
大学へは進まず、役者の仕事を突き詰める道を選ぶ
高校卒業後については、大学と俳優業を並行する道ではなく、役者の仕事に軸足を置くことを選びました。
「私は大学進学しない予定でいます」
マイナビニュース
大学で学びたいことよりも、すでに始めていた仕事でもっと多くの挑戦をしたいという気持ちが強く、この進路は早い段階から決めていたそうです。
中学生のころには理学療法士を考えていた進路が、高校卒業時には「役者の仕事を突き詰めたい」という選択に変わりました。
卒業後も沖縄の家族との関係は続いており、母親とは頻繁に電話をし、その日にあったことを話す時間がリフレッシュになっていると明かしています。
2025年には地元へ帰り、家族と石垣島や黒島を訪れる時間も持っていました。
高校卒業で学生生活は終わっても、沖縄の家族は変わらず身近な存在として続いています。
主演映画・ドラマ、そして初舞台『ハムレット』へ
学生ではなくなった2025年以降は、主演として作品を担う機会も増えていきました。
2025年には日本テレビ系ドラマ『ちはやふる-めぐり-』で主人公・藍沢めぐるを演じ、映画『ストロベリームーン』では長編映画初主演を務めました。
2026年1月には映画『終点のあの子』で中島セナさんとダブル主演し、3月公開の劇場アニメ『パリに咲くエトワール』でも主人公・継田フジコの声を担当しています。
そして同年には、デヴィッド・ルヴォー演出の舞台『ハムレット』でオフィーリア役に起用されました。
2021年のCM撮影から約5年で、初めて観客と同じ空間で演じる舞台へ活動の場を広げています。
沖縄で家族や友達に囲まれ、バイオリンや部活動を続けていたころには、俳優になる未来を思い描いていませんでした。
中学2年のスカウトをきっかけに初めて知らない世界をのぞき、高校進学と上京を経て、学生生活と撮影現場の両方で経験を重ねました。
高校を卒業した現在は役者の仕事に軸足を置き、映画やドラマ、声の仕事から舞台まで活動する場所を広げています。
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