近藤華の生い立ちと家族|映像ディレクターの父・料理研究家の母、13歳デビューまで

近藤華
ひと目でわかるプロフィール 近藤華
こんどうはな
出身地
東京都
生まれ年代
2000年代生まれ
活動ジャンル
女優
性別
女性
育った家庭
映像制作に携わる父と、料理研究家の母・近藤幸子氏がいる家庭で育った。
キャリアの原点
幼いころから父のカメラや映像に触れ、表現や制作を身近に感じていた。

NHK連続テレビ小説『風、薫る』で長見久を演じている近藤華さんは、2007年8月6日生まれ、東京都出身の19歳です。

13歳でCMデビューしてからドラマや映画へ出演を広げてきましたが、俳優になる前から身近にあったのは、父の映像やカメラ、母の料理、そして自分で絵を描いて動かす時間でした。

近藤華さんを理解する3つのポイント
  1. 父のカメラや映像制作、母の料理など、ものづくりが身近にある家庭環境で育った。
  2. 幼いころから父のカメラや映像に触れ、表現や制作を身近に感じていた。
  3. 現在の道につながる原点:オーディション

6歳ごろに家族で見た朝ドラ『ごちそうさん』で杏さんに憧れたことが、のちに芸能界へ進む最初のきっかけになります。

しかも活動を始めて間もない14歳のときには、俳優として出演するだけでなく、菅田将暉さんのMVでクリエイティブディレクターとアニメーション制作まで担当しました。

近藤華の生い立ちと家族|映像と料理、ものづくりに囲まれて育つ

近藤華さんは東京都で育ち、幼いころから習い事や家族の趣味を通して、体を動かすことと何かを作ることの両方に触れていました。

父親は映像に関わる仕事をし、母親は料理研究家として活動しており、家の中にもカメラや料理、絵やアニメーションが自然に入り込んでいました。

東京都で育ち、5歳からクラシックバレエを習う

近藤華さんは5歳でクラシックバレエを始め、長く続けています。

2024年のインタビューでは、発表会に出ることが大好きだったと話し、舞台に立つ経験は芸能活動より前からありました。

のちに初ミュージカルへ出演した際にも、本人はふとした動きをきれいに見せられるところに、バレエ経験が生きていると感じていたそうです。

映像ディレクターの父|カメラとアニメーションが身近にあった

父親の氏名は公表されていませんが、近藤華さんはインタビューで父の職業を次のように明かしています。

「CMとかのディレクターをやっています。」

smart Web

家には父が使っていたフィルムカメラがあり、華さんもそれを借りて撮影したことがありました。

現像すると半分しか写っていなかった写真や点が入り込んだ写真もありましたが、本人はそうした不完全さも写真の面白さとして受け止めていました。

父の古いカメラを自分で触り、思い通りに写らなかった写真まで楽しんでいました。

映画では父の影響で『スター・ウォーズ』を好きになり、スピンオフ作品まで見るようになったとも話しています。

母は料理研究家・近藤幸子|母娘で誕生日ケーキを作ったことも

母親は料理研究家の近藤幸子さんで、Hanakoの本人プロフィールでも母娘関係が明記されています。

近藤幸子さんは料理研究家・管理栄養士として活動し、プロフィールでは6歳違いの二人の娘の母とも紹介されています。

華さんの子ども時代には、習い事の発表会や学期の区切りのご褒美として家族で日本橋の千疋屋総本店へ行くことがあり、父が牛乳の添えられたアメリカンショートケーキを注文していた記憶も残っています。

ショートケーキが好きな華さんは、好みの味を自分でも作りたくなり、誕生日には家の台所でケーキ作りにも挑戦しました。

「母と一緒に自分の誕生日ケーキを手作りしたこともあります」

Hanako Web

母の近藤幸子さんは、二人の娘を育てる中で、本人たちがやりたいことを口にしたときの向き合い方についても語っています。

「『やりたい』という気持ちを応援してあげたい」

オレンジページnet

6歳で家族と見た『ごちそうさん』の杏に憧れる

2013年、家族でNHK連続テレビ小説『ごちそうさん』を見ていたとき、華さんの目にヒロインの杏さんが強く残りました。

当時6歳ごろだった本人の目には、杏さんがとても輝いて見えたそうです。

そのとき生まれた憧れはすぐ仕事になるわけではありませんでしたが、自分も女優になってみたいという気持ちは、その後も残り続けました。

「杏さんのように、いろんなことができる女優さんになりたいです。」

スポニチアネックス

家族情報

公開情報で確認できている家族について、続柄・職業・補足・出典を整理しています。

父 CM等の映像ディレクター

本人が父について『CMとかのディレクター』と説明。氏名は登録しない。

本人・家族本人の発言 出典を見る
母 近藤幸子 料理研究家

Hanakoの人物紹介で、母が料理研究家の近藤幸子氏と明記。

信頼できる媒体 出典を見る

小学生時代|茶道や絵、アニメーションづくりに親しむ

小学生になると、習い事とは別に、学校や家で自分の手を動かして作る時間が増えていきました。

小学校では茶道クラブ、家では父を見てアニメーション制作へ

小学校では茶道クラブに所属し、別の取材では料理クラブにも入っていたことを話しています。

家では、父が趣味でアニメーションを作る姿を見て、自分でも絵を動かすことを始めました。

2021年の取材では、実際にアニメーション用の絵を描き始めたのは小学3、4年生ごろと話し、塗った絵を複製して少しずつ位置を変え、つなげて動かす方法を試していたことも明かしています。

当時作っていたものには、約18秒の中で一つの物語を見せる作品もあり、短い映像のために同じ絵を何枚も少しずつ描き替えていました。

2024年の本人談では、小学5年生からタブレットで自作アニメーションを描いていたといい、仕事を始めるより前に制作方法を試していました。

一枚の絵だけでなく、自分で描いたものを動かす作業にも時間を使うようになりました。

映画やファンタジー作品に夢中になり、自分でも作る側へ

アニメや映画を見ることも好きで、とくにファンタジー作品をよく見ていました。

中学生になる少し前には、アメリカのカートゥーン作品『アドベンチャー・タイム』を見つけ、色合いや絵柄を自分のアニメーション制作の参考にするようになります。

人生年表 近藤華さんの歩み
家庭
家族・家庭環境から受けた影響

父の映像・写真への関心は、本人のクリエイティブ志向にも影響を与えたと本人が語っている。

smart Web|近藤華インタビュー
幼少期
近藤華の生い立ちと家族|映像と料理、ものづくりに囲まれて育つ

近藤華さんは東京都で育ち、幼いころから習い事や家族の趣味を通して、体を動かすことと何かを作ることの両方に触れていました。

小学校
小学校では茶道クラブ、家では父を見てアニメーション制作へ

小学校では茶道クラブに所属し、別の取材では料理クラブにも入っていたことを話しています。

中学校
中学時代の学校生活|放送委員・書道部と3Dペン

仕事が始まっても、中学校では委員会活動や部活動を続けていました。

学生時代
小学生時代|茶道や絵、アニメーションづくりに親しむ

小学生になると、習い事とは別に、学校や家で自分の手を動かして作る時間が増えていきました。

原点
中学1年で自らトップコートへ|13歳でCMデビュー

2020年、学校へ行けない日が続いたコロナ禍の時期に、華さんは以前から抱いていた女優への興味を行動へ移しました。

中学1年で自らトップコートへ|13歳でCMデビュー

2020年、学校へ行けない日が続いたコロナ禍の時期に、華さんは以前から抱いていた女優への興味を行動へ移しました。

普通の学校生活に戻れば新しい挑戦を始めにくくなると考え、芸能界へ進むなら今だと思ったと後年話しています。

杏と同じ事務所を目指し、自分で履歴書を書いて送った

応募先に選んだのは、子どものころから憧れていた杏さんが所属していたトップコートでした。

父から芸能界を勧められたこともありましたが、実際に動いたのは本人で、自分で履歴書を書き、トップコートへ送りました。

面接を経て2020年12月に所属し、長く頭の中にあった女優という仕事が具体的な進路へ変わります。

初仕事は木村佳乃と共演したマクドナルドCM

最初の仕事は、日本マクドナルド「チキンマックナゲット」のCMで、木村佳乃さんが演じる母親の娘役でした。

2021年4月20日に放送が始まり、13歳で芸能界デビューしています。

撮影現場へ行くと、それまで作品を見るときには俳優の芝居ばかり見ていた本人の前に、撮影を支える大勢のスタッフがいました。

初めて現場の裏側を見て、作品が想像以上に多くのスタッフに支えられていることに驚いたと話しています。

三井のリハウス、資生堂へ続き、初舞台にも挑戦

マクドナルドCMのあと、同年6月には「三井のリハウス」で宮沢りえさんの娘役に起用されました。

トップコートのマネージャー発信では、マクドナルドCMを見たキャスティング担当者からオーディションへ呼ばれたことが明かされています。

2022年には資生堂150周年の企業広告にも出演し、未来の宇宙で美容体験をするモデル役を務めました。

一方で2021年秋には、初舞台となるミュージカル『フィスト・オブ・ノーススター~北斗の拳~』のリン役が決まり、原作漫画全27巻を読んで役へ入っています。

本格的な稽古の前にはワークショップや歌唱指導へ通い、発声から準備し、約3時間の舞台を経験しました。

とくに難しかったのは歌で、高音をただ音として捉えるのではなく、歌詞を相手へ伝えることを意識するようになってから歌い方が変わったと振り返っています。

長い本番も本人の感覚では驚くほど短く、カーテンコールでは一日の舞台を終えた安堵と、それまでにない達成感を味わっていました。

中学時代の学校生活|放送委員・書道部と3Dペン

仕事が始まっても、中学校では委員会活動や部活動を続けていました。

2021年当時のインタビューには、撮影現場とは別の、ごく具体的な学校での過ごし方が残っています。

給食を持って放送室へ|誰もいない部屋から校内放送

中学時代は放送委員を務め、担当の日には給食を放送室へ持って行くことがありました。

先生も生徒もいない部屋に入り、自分で校内放送をする時間に特別感があり、放送室へ向かうこと自体を楽しみにしていたそうです。

給食を持って一人で放送室へ入り、マイクの前に座るというのが、俳優デビュー直後の学校での日常でした。

好きな教科は理科と美術、書道部では文字を書く日々

部活動は書道部で、文字を書くことも日常の一部でした。

当時好きな教科として挙げていたのは理科と美術で、美術では人物や服のデザインを描くことも好きだったといいます。

一方、暗記することには苦手意識があり、社会や国語は得意ではないと話すなど、学校での得手不得手もはっきりしていました。

人物画や服を描き、3Dペンにも夢中になる

中学生になると、タブレットのアニメーションに加え、人物画や洋服のデザインなど、描く対象も広がっていきました。

さらに、買ってもらった3Dペンにも夢中になり、平面の絵とは違う形のものづくりを楽しんでいます。

絵のことを考えながら歩いていると、歩いていること自体を忘れるほど集中し、気づけば家に着いていたこともあったそうです。

このころは料理のほかに羊毛フェルトにも挑戦しており、料理は母から、手芸は着物屋を営む祖母から教わっていました。

中学2年の取材では、いつか映画も作ってみたいと話しており、俳優としてデビューした直後から、出演することとは別に制作への興味も持ち続けていました。

14歳で菅田将暉「ギターウサギ」制作へ|アニメ絵コンテから始まった転機

2022年3月、14歳だった近藤華さんは、所属事務所の先輩・菅田将暉さんの楽曲「ギターウサギ」のミュージックビデオに出演しました。

ただし、この仕事で担当したのは演者だけではありませんでした。

曲だけを受け取り、自分からアニメーションの絵コンテを作る

菅田さんから渡されたのは、まず楽曲だけでした。

細かな指示がない状態で華さんが返したのは、アニメーションで作った絵コンテでした。

菅田さんも、細かな要望を伝えていない段階で華さんからアニメーションの絵コンテが届いたことを、ソニーミュージック公式サイトのコメントで明かしています。

曲を受け取ったあと、自分で動く絵コンテまで作って返しました。

脚本・カット割り・衣装・小道具まで制作に参加

その後は脚本、カット割り、小道具、美術のディレクションに関わり、ほぼすべての会議へ本人が参加しました。

ananの取材では、衣装や小道具も自分で考えたと話しており、14歳でMVのクリエイティブディレクターとアニメーション制作を担当しています。

「このMVのイメージはちょっとのいいことです。」

ソニーミュージックオフィシャルサイト

俳優だけでなく「作る仕事」も続けたいと話す

MV公開時、華さんはアニメーション制作が好きなので、機会があれば今後もクリエイティブな仕事をしたいと話していました。

ここで一度だけ制作側を経験して終わったわけではなく、Instagramでも自作の絵やアニメーションを発表し、その後も個人制作を続けます。

高校年代|学校生活を続けながらドラマ・映画へ

2023年から2024年にかけては、高校生活を送りながら、ドラマのレギュラー出演や映画撮影が続く時期に入ります。

作品数が増えても学校の時間が消えたわけではなく、撮影現場でテストの話をするような生活でした。

高校名は非公表|撮影中にもテストを受ける生活

近藤華さんが通った中学校・高校の学校名は、本人や所属事務所から公表されていません。

一方で2024年6月の本人インタビューでは、自分が高校生であることや、撮影期間中に学校のテストを受けていたことを具体的に話しています。

『アンチヒーロー』の現場では出演者と学校の話をすることが楽しく、テスト前には共演者から応援され、そのまま学業と撮影を行き来していました。

『ばらかもん』で書道経験も生きた役へ

2023年、フジテレビ系『ばらかもん』で新井珠子役を演じ、連続ドラマのレギュラーに入りました。

珠子は漫画家を目指す島の中学生で、近藤華さんにとって同年代の豊嶋花さんらと長く現場を過ごす作品にもなりました。

本人は当時の公式Instagramで、第1話に登場した文字を自分で書いたことを紹介しており、中学時代に続けていた書道が、ドラマの小道具として画面に残りました。

『サユリ』から『アンチヒーロー』へ|役を考えるノートを作り始める

『ばらかもん』のあと、2023年10月ごろには映画『サユリ』を撮影し、住田奈緒役で初めて本格的なホラー作品へ挑みました。

感情を大きく出す場面では、テスト撮影の段階でためらいが残っていることに自分で気づき、本番ではそこを外そうとしました。

その後、役について考えたことをあとから確かめられる形で残すようになりました。

「自分の考えたことをノートに書くようになりました。」

Bezzy

2024年のTBS日曜劇場『アンチヒーロー』では、そのノートが役作りに直接使われるようになりました。

場面緘黙症の体験談まで調べて撮影前に読み返す

『アンチヒーロー』で演じた牧野紗耶は、死刑囚となった父を持ち、場面緘黙症という設定の人物でした。

華さんは台本に書かれていない紗耶の背景を自分なりに広げ、ノートへ人物像を書き込んでいます。

さらに、実際に場面緘黙症を経験した人たちの体験談を調べ、その内容をノートへ書き写しました。

大事なシーンの撮影前には、そのノートを一通り読み返してから現場へ入っていたと本人が明かしています。

10代後半から現在へ|俳優と映像制作を並行

10代後半になると、出演作は連続ドラマから朝ドラへとさらに広がっていきます。

ドラマ出演が続く一方、自主アニメーション制作も継続

2025年のインタビューでは、それまで作ってきたのは数十秒ほどのアニメーションだったものの、もう少し長い作品に挑戦していると明かしました。

制作するときは自分の動きを動画で撮影し、それをタブレット上で一コマずつなぞっていきます。

1秒の映像に約9枚の絵を描くという地道な作業を重ね、現在は構図や光の使い方まで考えるようになりました。

「動き出した瞬間がすごくうれしくて。」

Real Sound

同年のドラマ『小さい頃は、神様がいて』では、映画研究会に所属し映画監督を目指す大学生・小倉ゆずを演じ、自分自身も動画や写真を撮るところに役との共通点を感じていました。

本人は監督になることだけを目標にしているわけではなく、俳優もアニメ制作も含めて、何かを表現として残すことは続けたいと話しています。

2026年『風、薫る』長見久役へ

2026年、19歳になった近藤華さんは、NHK連続テレビ小説『風、薫る』に長見久役で出演しています。

子どものころ家族で朝ドラを見て女優を意識した近藤華さんが、13年後には自分自身が朝ドラの登場人物を演じる側に立ちました。

所属事務所のトップコート公式プロフィールでも、2026年度前期作品への出演と長見久役が掲載されています。

俳優として朝ドラへ出演する現在も、自分で絵を描いて動かす制作は続いています。

家族と見た『ごちそうさん』から始まった女優への憧れは、中学生のときに自分で応募するという行動へ変わりました。

その途中では、小学生から続けていたアニメーションが14歳の「ギターウサギ」制作につながり、俳優とは別の表現も仕事になっています。

19歳の現在は朝ドラに出演しながら、タブレットの中では今も新しいアニメーションを作り続けています。

参考・出典 この記事で参照した主な資料
正本DB確認日:2026-09-15

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