2026年度前期のNHK連続テレビ小説『風、薫る』で主人公・一ノ瀬りんを演じている見上愛さん。
映画やドラマで存在感を見せる俳優ですが、演劇の世界に入ったころ、本人がやりたかったのは舞台に立つことではなく、照明や演出などの「作る側」の仕事でした。
- 父と兄が音響関係の仕事をしていた家庭環境が、作品づくりや演出への関心に影響した。
- 学生時代に演出家を志し、映像や舞台の裏側に関心を持ったことが俳優活動にもつながった。
- 現在の道につながる原点:養成・修業
「女優になりたい」という夢から現在の仕事へ一直線に進んだわけではありません。
その前には、音楽が身近な家庭で過ごした子ども時代、バレエやバンド、中学での初観劇、高校演劇部で脚本と演出を担当した時間がありました。
見上愛の生い立ちと家族|音楽と舞台が身近にあった子ども時代
見上愛さんは2000年10月26日生まれ、東京都出身です。
子どものころから家の中には音楽があり、本人もバレエ、ギター、ものづくりなど、後の仕事とはまだ結びついていないさまざまな表現に親しんでいました。
3歳から始めたバレエと「総理大臣」だった小学生の夢
バレエを始めたのは3歳ごろで、大学受験を控えた18歳ごろまで続けていました。
発表会などで人前に立つ機会が長く続いたことについて、後年には「人前で緊張しないことにつながったのかもしれない」と振り返っています。
3〜4歳ごろには、母親とはぐれた際、探し回る母親をよそにパンダの置物へずっと抱きついていたという写真付きの思い出も残っています。
小学生になると、塾で使っていたノートの表紙へシールや毛糸、切り抜きなどを貼り、コラージュすることも好きでした。
当時から「何かを作ること」は特別なイベントではなく、普段の生活の中にあったようです。
「小4の時の夢は、総理大臣でしたから(笑)。」
ananweb
父と兄は音響関係|6歳上の兄から映画を教えてもらった幼少期
家族と音楽の関係は深く、本人によると祖母はピアニストで、父親と6歳年上の兄は音響関係の仕事をしています。
兄からは幼いころから映画を勧められ、自分の年齢より少し背伸びした作品にも触れていました。
父親は趣味でバンドを続けており、母親と兄にもバンド経験があります。
小学6年生になると父親に勧められてギターを買ってもらい、弾き方も父親から教わりました。
映画『異動辞令は音楽隊!』で自身がギターを弾く役を演じた際には、劇中で実際に見上さん自身の演奏音が使われています。
後の仕事で急に身につけた特技ではなく、小学生のころに父親から教わった楽器が、そのまま大人になってからの撮影現場にも持ち込まれたことになります。
父親の勤務先や役職、実家の資産状況などは公表されておらず、本人の発言から確認できるのは、父親と兄が音響関係の仕事をしていることや、家族が音楽に親しんできたことまでです。
中学2年で家族と見た舞台が演劇との最初の出会い
中学生になるまで、将来の仕事として演劇を考えていたわけではありませんでした。
流れが変わったのは中学2年生のころです。
もともと芝居を見ることが好きだった両親に連れられ、2014年の舞台『私のホストちゃん』を観劇しました。
本人は作品の内容に戸惑いながら見ていましたが、終演後、劇場から楽しそうに帰っていく観客の姿が目に入りました。
舞台そのものだけでなく、「観た人たちが笑顔になって帰っていく」という光景が演劇への入口になりました。
そこからは一人でも小劇場へ足を運ぶようになり、高校時代には月に10本ほど観ることもあったといいます。
家族情報
公開情報で確認できている家族について、続柄・職業・補足・出典を整理しています。
見上愛の中学・高校時代|ハンドボール部から演劇部へ
学校では中高一貫の環境で過ごし、高校は桐朋女子高校へ進みました。
演劇に夢中になっていた一方、最初から演劇部だったわけではなく、中学入学後はスポーツにかなりの時間を使っています。
中学1年から続けたハンドボールを高校1年で辞めた理由
中学1年生から高校1年生の途中まではハンドボール部に所属していました。
部活動を続ける一方で観劇の機会が増え、演劇を仕事にしたいという考えがはっきりしていきます。
やがて、練習をしながら「自分はなぜハンドボールをしているのだろう」と考えるようになりました。
「今、本当に自分のやりたいことをしないと後悔するんじゃないか」
学生新聞オンライン
高校1年生の途中でハンドボール部を辞め、演劇部へ転部しました。
中学から約3年間続けた部活動を離れ、自分が見に行く側だった演劇を、今度は学校で作る側へ回ります。
演劇部へ入ったその日に寺山修司『犬神』へ出演
転部した初日から、予定外のことが起きました。
その日は偶然、次の大会へ向けた出演者オーディションの日でした。
人数も足りなかったため参加することになり、寺山修司の『犬神』で舞台に立つことが決まります。
ところが、初めての芝居では、せりふを言いながら椅子から立つだけでもうまくできませんでした。
「居残りで、ひたすら椅子から立つ練習をしていました。」
MANTANWEB
俳優として仕事をするようになった後には、「なぜ立つのか分からないまま動くのはおかしい」という当時の戸惑いを思い出し、むしろ芝居の感覚として大切だったと考えるようになったそうです。
希望した照明ではなく、空いていた脚本と演出を担当
演劇部へ入ったとき、本人が最も興味を持っていたのは舞台照明でした。
父と兄が音響関係の仕事をしていたこともあり、自分が照明を仕事にすれば、将来兄と同じ現場に立てるかもしれないという思いもあったと語っています。
しかし途中入部だったため、部内ではすでに「照明を担当する人」「男役をする人」といった役割がある程度決まっていました。
そこで残っていた役割が、脚本と演出でした。
最初の『犬神』出演を終えた後は、実際に脚本を書き、演出を担当する側へ移っていきます。
寺山修司、別役実、野田秀樹などの作品を扱う演劇部で、自分でも戯曲を読み込むようになりました。
顧問は年間100本以上の舞台を見るほど演劇好きで、学校で指導を受けながら、自分も劇場へ通って作品を吸収していました。

照明をやりたくて入った部活で、空いていた担当が脚本と演出。進路が変わるきっかけが、こんな役割分担から始まるとは予想できませんよね。
観劇は月10本ほど|劇評グランプリでも優秀賞を受賞
演出を始めてからは、学校の稽古だけでなく、劇場で見る舞台そのものが勉強の時間になりました。
高校時代には多いときで月10本ほど観劇し、寺山修司や別役実だけでなく、チェーホフなどの戯曲も読んでいます。
2018年の第4回高校生劇評グランプリでは、『池袋ウエストゲートパーク SONG&DANCE』について書いた劇評が優秀賞に選ばれました。
舞台に出て、脚本を書き、演出をし、さらに観客として作品を見て文章にもする高校生活でした。
当時の演劇部顧問だった櫟木祥子さんは、後年、高校時代の様子について次のように証言しています。
「観劇しながら、その感想をノートに書き留める」
週刊女性PRIME
同じ顧問の記憶には、オリジナル脚本を書いていた姿も残っています。
ギターとボーカルを担当した中高時代のバンド活動
学校生活で取り組んでいた表現は演劇だけではありません。
中学から高校にかけて3ピースバンドを組み、ギターを担当していました。
途中でボーカルが抜けてからは、ベース担当のメンバーと歌を分担するようになり、ギターとボーカルの両方を担当しています。
チャットモンチー、GO!GO!7188、THE BLUE HEARTSなどをカバーし、文化祭でもバンド演奏を披露していました。
GO!GO!7188の「C7」は特に何度も演奏した曲で、2024年公開の主演映画『不死身ラヴァーズ』では、この中高時代の経験が撮影へ持ち込まれることになります。
見上愛さんは2000年10月26日生まれ、東京都出身です。
家族と音楽の関係は深く、本人によると祖母はピアニストで、父親と6歳年上の兄は音響関係の仕事をしています。
学校では中高一貫の環境で過ごし、高校は桐朋女子高校へ進みました。
中学1年生から高校1年生の途中まではハンドボール部に所属していました。
高校後半になると、演劇を「好きな部活動」で終わらせず、進学先まで具体的に考えるようになっていました。
進学先を考える中では、好きになった寺山修司との接点もありました。
演出家を目指した高校後半|演技を学ぶため養成所へ
高校後半になると、演劇を「好きな部活動」で終わらせず、進学先まで具体的に考えるようになっていました。
目標は俳優ではなく、舞台の演出家でした。
演出を学べる大学を目指しながら演技の必要性を感じる
進学先を考える中では、好きになった寺山修司との接点もありました。
志望した大学に、寺山修司の著作権管理に関わる人物が講師としていることを知り、その授業を受けたいと考えたことも大学選びの理由だったと話しています。
一方、周囲の先輩たちからは、演出家を目指すなら俳優側の視点も知っておいたほうがいいと勧められていました。
そこで「俳優になるため」ではなく、演出をするための勉強として演技を習う場所を探しました。
高校2年冬にオーディション、高校3年春からWESへ
選んだのがワタナベエンターテイメントスクール(WES)です。
ワタナベエデュケーションの公式記録では、高校2年生の冬にオーディションへ参加し、高校3年生の春からWESへ入学しています。
舞台照明から脚本・演出へ進んだ次に、今度は演出を学ぶための「演技」が高校生活へ加わりました。
大学受験と演技レッスンを並行した高校最後の1年
高校3年生では、大学進学の準備とWESでのレッスンが同時に進みました。
大学受験の勉強をしながら演技レッスンへ通い、学校では演劇部で培ってきた経験も続いています。
大学受験では、真っ白な紙2枚を使って自己表現する課題に対し、新聞記事のような形で自分が自分へインタビューする文章を書いたことも後年明かしています。
高校入学時にはハンドボール部員だった生活が、卒業を迎えるころには、演出を学ぶ大学への受験と演技レッスンを並行する生活へ変わっていました。
大学で演出を学びながら俳優になるまで
高校卒業後は、これまで考えてきた進路どおり、大学で本格的に演劇を学ぶことになります。
しかし、同じ時期にWESで始めた演技の道からも新しい話が持ち上がりました。
日本大学芸術学部で演出を学ぶ
進学したのは日本大学芸術学部演劇学科です。
大学でも中心に学んだのは演出でした。
授業では実際に自分で演出するだけでなく、小道具リストを作るなど、舞台を成立させるための具体的な作業にも取り組んでいます。
高校の部活動で偶然担当することになった脚本・演出が、そのまま大学の専攻分野へ続いていました。
大学で河合優実に「友達になってください」と声をかける
大学では、後に俳優として何度も名前が並ぶことになる河合優実さんとも出会っています。
当時、河合さんはすでに俳優の仕事を始めていましたが、見上さんはまだ俳優として活動する前でした。
校内で河合さんを見かけた見上さんは、自分から近づいて声をかけています。
「友達になってくれませんか?」
テレビ朝日 logirl
本人は後年、この出会いを「道でナンパしました」と笑いながら話しています。
演出家志望のまま事務所所属|2019年に俳優デビュー
WESへ通ううち、ワタナベエンターテインメント側から声をかけられました。
高校卒業後に事務所へ所属し、2019年に俳優としてデビューします。
ただし、この時点でも「昔から女優になりたかった」という物語にはなりません。
「女優になろうと思ったきっかけ自体は、未だになくて。」
テレビ朝日 logirl
演出家になるために始めた演技の勉強から、本人が予定していなかった俳優の仕事が始まりました。
デビュー直後の現場で演技の面白さを知っていく
事務所へ所属したからといって、すぐに演技への迷いが消えたわけではありませんでした。
高校で初めて舞台に立ったときには椅子から立つ動きにも悩んでいた人が、今度は映像作品の撮影現場で演技そのものを体験していきます。
最初の映画撮影で「心が動いて演じる」経験をする
本人が初めての映画撮影として挙げているのが、熊坂出監督の映画『プリテンダーズ』です。
脚本どおりの形へ自分を当てはめるのではなく、その場で生まれる感情を大切にしながら、監督と一緒に場面を作っていく現場でした。
頭で「こう演じよう」と決めた動きではなく、心が動いた結果として身体が動いたり、予定していなかった涙が出たりする経験を初めてしました。
共演した小野花梨さんから教えてもらうこともあり、「演技するってこういうことなのかな」と感じる時間になったといいます。
続く映画『衝動』では倉悠貴さんとW主演を務め、声を出せない役を演じました。
せりふに頼らず表現するだけでなく、主演として現場でどう振る舞うかにも目を向け、演技以外にも俳優の仕事があることを知っていきます。
『きれいのくに』で俳優と作り手、両方の視点が交わる
2021年にはNHKドラマ『きれいのくに』で、レギュラードラマでは初めてメインとなる役を演じました。
撮影前には約3週間の稽古期間があり、「なぜこの行動をするのか」を一つずつ読み解きながら作る方法に向き合います。
同世代の俳優たちと長く稽古する一方で、見上さんが目を向けていたのは自分の芝居だけではありませんでした。
脚本と演出を担当した加藤拓也さんの仕事を見て、高校・大学で演出を学んできた「作り手側」の視点でも刺激を受けています。
本人自身が『きれいのくに』を「転機」として挙げています。
俳優として演技を学ぶ現場で、同時に演出家の仕事にも目が向いた作品でした。
舞台裏を目指した少女が朝ドラ主演俳優になるまで
俳優の仕事が増えてからも、見上さんの活動は「演じること」だけには収まりませんでした。
学生時代に続けていた音楽や、大学で学んだ演出、子どものころから好きだったものづくりが、別の形で再び仕事の中へ現れています。
演出を学んだ経験を持ったまま俳優を続ける
2023年には、中学・高校時代の同級生である写真家の久保田伶奈さん、彫刻家の山田結子さん、モデルの志鎌にいなさんと『Muffin magazine』を創刊しました。
見上さん自身は編集長を務め、俳優とは別の立場でも一冊の雑誌をゼロから作る側へ回っています。
2025年のインタビューでは、俳優の仕事を「すでに多くの人が作ってきたものを完成へ近づける作業」と捉える一方、雑誌作りではゼロから一を生み出す難しさを経験したと話しています。
2024年公開の映画『不死身ラヴァーズ』でも、学生時代の経験が思わぬ形で戻ってきました。
もともと台本にはなかったギターの弾き語りが、本人がギターを弾けると監督が知ったことで追加され、中高時代に演奏していた十数曲のリストからGO!GO!7188の「C7」が選ばれています。
2026年にはJRAの企画で、出演者として撮られるだけでなく、自ら記者となって取材・撮影・監修を担当しました。
芝居だけに限らず「表現すること」を続ける現在
俳優としては2024年の大河ドラマ『光る君へ』などを経て、2026年度前期の連続テレビ小説『風、薫る』で主人公・一ノ瀬りん役を務めています。
高校時代に舞台の裏側へ進みたいと考えていた見上さんが、現在は朝ドラの主人公として毎朝画面の中央に立っています。
一方で、本人は俳優だけを唯一の表現方法とは考えていません。
「ずっと変わらなかったのは表現するのが好きなこと。」
ananweb
演出、写真、雑誌作り、陶芸などにも関心を広げ、いつか演出にも取り組みたいという考えを持ち続けています。
俳優になったことで「作る側」への興味が消えたのではなく、表現する手段の一つとして演技が加わりました。
音楽が身近な家庭で育ち、中学で客席から舞台を見たことをきっかけに、高校では脚本と演出を担うようになりました。
演出家になるために始めた演技の勉強から2019年に俳優となり、現場で演技の面白さを知りながら、作る側への関心も持ち続けています。
現在は朝ドラの主人公を演じる一方、雑誌編集や写真、演出なども含め、子どものころから続いてきた「表現すること」の先を広げています。
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