HANAの中でも、力強く伸びる歌声とダンスで存在感を見せているCHIKAさん。
「No No Girls」で初めて知った人も多いかもしれませんが、CHIKAさんが人前で歌うようになったのは、オーディションが始まるずっと前でした。
- 幼少期から人前に出ることが好きで、5歳ごろからダンスを始めた。
- 母の影響で安室奈美恵に親しみ、5歳ごろからダンスを始めたことが音楽活動の原点。
- 現在の道につながる原点:幼少期から活動
5歳ごろから歌やダンスにつながるレッスンを続け、高校時代には福岡のステージに立ち、Little Glee Monsterの新メンバーオーディションでは7,002人の応募者から最終候補6人に残っています。
そこまで進んでもデビューには届かず、その後も歌うことを続けた先にあったのが「No No Girls」でした。
HANA CHIKAの幼少期と家族|5歳から始まった音楽のある生活
CHIKAさんは福岡県出身で、現在はHANAのメンバーとして活動しています。
幼いころからステージに立つことへの抵抗が少なかったようで、後年のインタビューでは、保育園や幼稚園ごろと思われる時期のお遊戯会について具体的な思い出を話しています。
お遊戯会では一人で演じる「りんご役」をやりたがった
CHIKAさんが幼いころに好きだったのは、人前に出ることでした。
お遊戯会では大きな声で歌い、『はらぺこあおむし』の劇では、みんなと同じ役ではなく、一人で登場する最初のりんご役を希望したそうです。
ステージが大好きでした。
出典:smart Web「【HANA】CHIKA『美の先入観を壊したい』本音で語るライブへの想い」(2025年7月7日)
歌とダンスも、この時点では将来の職業というより、まずは日常の中にある習い事として始まっていました。
ただ、人前で大きな声を出すことや、一人でステージに出る役を選びたがったというエピソードからは、後のライブ活動よりかなり前から、人に見られる場所そのものを楽しんでいたことが分かります。
母が好きだった安室奈美恵から「歌って踊る人」へ
家庭の中にも音楽がありました。
CHIKAさんによると、母親は安室奈美恵さんのファンで、幼いCHIKAさんに安室さんと似たような服を着せることもあったそうです。
最初は母親の中に「歌って踊れる人になってほしい」というイメージがありましたが、レッスンを重ねるうちに、CHIKAさん自身が好きなアーティストを見つけていきます。
だんだん自分がやっていくうちにビヨンセさんとか、激しくて強い女性がかっこいいなって。
出典:J-WAVE NEWS「HANAのCHIKA&MOMOKAがSKY-HIと対談!」(2025年8月29日)
母親の好きだった安室奈美恵さんから始まり、成長するにつれてビヨンセさんのような力強い女性アーティストへ興味が広がっていきました。
5歳からダンスを始め、音楽中心のレッスン生活へ
CHIKAさんがダンスを習い始めたのは5歳ごろでした。
本人が後から両親に聞いた話では、子どものころに音楽面の可能性を感じてもらっていたようです。
スポーツなど多くの習い事を並行するのではなく、学校の勉強をしながら、それ以外の時間では音楽につながるレッスンを続けていました。
後年のavexの講師プロフィールでも、CHIKAさんがavex artist academy福岡校に在籍していたことが確認されています。
ananのプロフィールでは、5歳からダンススクールへ通い、福岡ドームでバックダンサーを経験したことも紹介されています。
中学まで続けた歌とダンス|まだ同じ夢を持つ仲間はいなかった
小学校から中学校へ進んでも、CHIKAさんは歌とダンスを続けました。
ただ、学校の中には自分と同じように本格的に歌やダンスを続けている人が多かったわけではありませんでした。
学校の外で音楽を続けながらステージ経験を重ねる
CHIKAさんの10代前半までの活動を学校生活だけで見ると、公開されている情報は多くありません。
一方、音楽の面では、幼少期から続けたレッスンを重ね、後に福岡のステージへ出演できるほど歌とダンスを身につけていきました。
本人は中学時代について、周囲に歌やダンスをやっている子がほとんどいなかったと振り返っています。
つまり、この時期は学校の友人と同じ日常を過ごす一方で、学校の外では長く音楽の練習を続ける生活だったことが分かります。
歌とダンスが習い事から将来の夢へ変わっていった
5歳のころは習い事として始まった歌とダンスでしたが、続けるうちに「将来やりたいこと」へ変化していきました。
ただし、この時点ではまだ、プロのアーティストになることを身近に感じられる環境ではありませんでした。
その状況が変わったのが、高校への進学でした。
CHIKAさんは福岡県出身で、現在はHANAのメンバーとして活動しています。
CHIKAさんは福岡県の第一薬科大学付属高等学校へ進みました。
高校へ入ると、それまでとは周囲の環境が変わりました。
高校時代のCHIKAさんは、レッスンを受けるだけではなく、実際に福岡で人前に立つ機会も増えていました。
高校3年だった2022年、CHIKAさんに全国規模のチャンスが訪れます。
高校で初めて「プロになる」が現実的な目標になった
CHIKAさんは福岡県の第一薬科大学付属高等学校へ進みました。
学校公式Instagramにも「3年生 他力千佳」として記録が残っており、HANAになる前は本名の他力千佳として活動していたことが確認できます。
第一薬科大学付属高校で同じ夢を追う仲間と出会う
高校へ入ると、それまでとは周囲の環境が変わりました。
歌手や芸能の世界を目指す同世代と出会い、同じ方向を見ながら練習する時間が増えていきます。
プロになることがリアルになったし、一緒に追いかける仲間ができた。
出典:smart Web「【HANA】CHIKA『美の先入観を壊したい』本音で語るライブへの想い」(2025年7月7日)
本人は、高校で出会った仲間がいなければ、音楽の道を諦めていたかもしれないとも話しています。
幼いころから長く続けていた音楽が、高校で初めて具体的な職業として見えるようになりました。
福岡のステージや「高校生のじかん」で歌う高校生に
高校時代のCHIKAさんは、レッスンを受けるだけではなく、実際に福岡で人前に立つ機会も増えていました。
2022年にはKBC九州朝日放送「高校生のじかん」の企画で中洲JAZZに出演し、高校生ジャズバンドと一緒に歌を披露しています。
第一薬科大学付属高校の公式Instagramにも、そのときのCHIKAさんが3年生の他力千佳として紹介されています。
同年11月には福岡市・天神のパサージュ広場で「ガールズシンガー 他力千佳」としてステージに立ち、12月24日の「福岡 CHRISTMAS LIVE 2022」にも出演者として名前が掲載されました。
HANA結成前から、CHIKAさんはオーディションだけを受けていたのではなく、福岡で観客の前に立って歌う活動も続けていました。
高校3年でLittle Glee Monsterのオーディションへ
高校3年だった2022年、CHIKAさんに全国規模のチャンスが訪れます。
Little Glee Monsterが新メンバーを募集した「M∞NSTER AUDITION」への挑戦です。
3次審査では、本名の他力千佳としてmiletさんの「inside you」を歌いました。
第一薬科大学付属高校も公式Instagramで、卒業生の丸目雅さんと3年生の他力千佳さんが3次審査へ進んでいることを紹介しています。
7,002人から最終6人へ|リトグリの新メンバーには選ばれなかった
「M∞NSTER AUDITION」のパフォーマンス部門には、追加募集分を含め7,002人が応募しました。
CHIKAさんは4次審査まで通過し、その中から選ばれた最終候補6人の一人になります。
「M∞NSTER AUDITION」で歌とダンスを武器に最終審査へ
7,002人から6人まで残ったことで、CHIKAさんは高校生のうちにデビュー直前の位置まで進みました。
ソニーミュージックは最終候補者それぞれの密着動画を公開しており、CHIKAさんにも「Little Glee Monster『M∞NSTER AUDITION』#6 -他力千佳-」という一本の映像が残っています。
それまで福岡で続けてきた歌やダンスを、Little Glee Monsterの新メンバー候補という形で全国へ見せるところまで来ていました。
最終候補まで進んでもデビューには届かなかった
しかし、最終審査を経て新メンバーに選ばれたのは、ミカさん、結海さん、miyouさんの3人でした。
CHIKAさんは最終候補6人まで進みながら、Little Glee Monsterとしてデビューすることはできませんでした。
高校時代に「プロになる」という目標を現実的に感じるようになり、その直後に7,002人から最後の6人まで残ったものの、そこで結果が決まったわけではありませんでした。
落選後も福岡のステージで歌い続けた
リトグリのオーディションが終わったあとも、CHIKAさんは人前で歌うことをやめませんでした。
2022年11月29日には天神のパサージュ広場で「ガールズシンガー 他力千佳」として歌い、12月24日には福岡アイランドシティフォーラムで開催された「福岡 CHRISTMAS LIVE 2022」へ出演しています。
デビューできなかった直後にも、活動そのものは続いていました。
デビュー前のCHIKAが抱えていた「NO」
子どものころから長くレッスンを続け、全国規模のオーディションでも最終候補まで残ったCHIKAさんですが、その後もすぐにはデビューできませんでした。
何度も挑戦する中では、自分の実力だけではなく、自分自身の存在そのものへ自信を持てなくなった時期もありました。
実力を重ねても「人を惹きつけられない」と悩んでいた
歌とダンスを何年も続けてきた一方、CHIKAさんの中には「自分には人を惹きつけるものがないのではないか」という感覚が残っていました。
技術を磨いても結果が出るとは限らず、リトグリのオーディションでもデビュー直前まで進んで選ばれなかった経験があります。
後に「No No Girls」の2次審査へ現れたCHIKAさんは、歌い始めれば強い声を響かせる一方、審査員のちゃんみなさんと話す場面では自信のなさを見せていました。
体重への言葉から無理な食事制限をした時期
CHIKAさんには、デビュー前に体重を理由として「NO」を受けた経験もありました。
その影響から、極端に食事を制限したり、無理なダイエットをしたりした時期があったことを本人が明かしています。
体重で“No”を突き付けられて極端な食事制限をしたり、無理なダイエットをした時期がありました。
出典:ananweb「No No Girlsから誕生したHANA〜CHIKA、NAOKO、YURI、KOHARUにインタビュー」
現在の体重や「何kg痩せたのか」は公表されていません。
一方で、本人自身が語っているのは、数字ではなく、体重を理由に否定されたことによって食生活まで変えてしまった時期があったという経験です。
CHIKAさんの現在の体重は公式プロフィールでは公表されていません。本人が明かしているのは、デビュー前に体重を理由とした「NO」を経験したことです。
それでも人前で歌うことをやめなかった
リトグリの最終候補から外れたあとも、外見への言葉に悩んだあとも、CHIKAさんの活動の中から歌がなくなることはありませんでした。
後年、HANAになる以前について振り返った際には、人前で歌うことを大切にしてきたと話しています。
そんな時期を経て、2024年に募集されたのが、BMSGとちゃんみなが手を組んだガールズグループオーディション「No No Girls」でした。
No No Girlsへの挑戦|ちゃんみなの前で自信のなさを明かす
「No No Girls」の募集メッセージには、「身長、体重、年齢はいりません。ただ、あなたの声と人生を見せてください。」と掲げられていました。
国内だけでなく海外からも7,000通を超える応募が集まり、その中にCHIKAさんもいました。
2次審査で歌唱力を見せたあと口にした本音
2次審査のCHIKAさんは、それまで積み重ねてきた歌とダンスの経験を持って審査会場へ入りました。
パフォーマンスでは長いレッスン歴を感じさせる歌声を見せますが、ちゃんみなさんとの会話になると、自分に対する評価は決して高くありませんでした。
リトグリで最終候補になった経歴を持ちながら、No No Girlsのスタート時点では、自信を持って自分を見せられる状態ではありませんでした。
審査が進むなかで「自分」を出すことを求められる
No No Girlsでは、歌唱力やダンス技術だけではなく、それぞれがこれまで受けてきた「NO」や、自分自身との向き合い方も審査の中で問われました。
CHIKAさんにも、ちゃんみなさんから自信のなさをそのままにしないよう言葉がかけられます。
後にCHIKAさんは、審査中にちゃんみなさんから「自信のない感じはここまでだよ」という趣旨の言葉を受けたことで、考え方が大きく変わったと振り返っています。
技術をさらに増やすというより、それまで身につけていたものを自分自身がどう出すのかが課題になっていきました。
母の言葉で毎日「ちゃんみなさんを信じる」と鏡に向かった
この時期にも、幼少期から音楽を支えてきた母親が登場します。
CHIKAさんが審査について悩んでいたとき、母親から、鏡の前で「ちゃんみなさんを信じる」と言ってみることを勧められたそうです。
CHIKAさんはその言葉を実際に毎日繰り返しました。
幼いころに音楽のレッスンを始めるきっかけを作った母親が、No No Girlsの途中でもCHIKAさんの背中を押していました。
最終審査「美人」からHANAのCHIKAへ
審査を重ねたCHIKAさんは、最終審査「No No Girls THE FINAL」まで進みました。
2025年1月11日、会場はKアリーナ横浜でした。
それまで受けてきた「NO」を自分の歌に変えた最終審査
ソロ審査でCHIKAさんが披露したのは、ちゃんみなさんの「美人」でした。
体型を理由に否定された経験があり、自分自身への自信も失っていたCHIKAさんが、外見への評価を題材にした楽曲を最終審査のステージで歌いました。
高校時代には別のオーディションで最終候補まで進みながらデビューできなかった経験もありました。
2022年に一度届かなかった「最終審査」の先へ、2025年1月にもう一度進むことになりました。
HANAのメンバーとして名前を呼ばれる
最終審査を終え、デビューメンバーとして発表されたのはCHIKA、NAOKO、JISOO、YURI、MOMOKA、KOHARU、MAHINAの7人でした。
グループ名は「HANA」。
CHIKAさんは、幼いころから続けてきた歌とダンスで、HANAのメンバーとしてデビューすることが決まりました。
Little Glee Monsterの最終候補になった2022年から、約2年余りが経っていました。
2025年、長く続けた音楽がプロとしてのデビューへ
HANAは最終審査の課題曲でもあった「Drop」を2025年1月31日に配信しました。
そして2025年4月2日、Debut Single「ROSE」をデジタルリリースし、正式にメジャーデビューしています。
幼少期のお遊戯会から数えれば、CHIKAさんが人前で歌い始めてから長い時間が経っていました。
デビュー後のインタビューでは、No No Girlsを通して自分の体型を肯定する声が届き、食事や自分の体に対する考え方も変わったと話しています。
今では痩せたくないとさえ思えるようになったんです。
出典:ananweb「No No Girlsから誕生したHANA〜CHIKA、NAOKO、YURI、KOHARUにインタビュー」
HANAになったあとも続いている、CHIKAのライブへの思い
HANAとして活動を始めたあとも、CHIKAさんが大切にしている場所の一つがライブです。
それはデビュー後に突然生まれたものではなく、福岡で歌っていたころから続いています。
昔から聴いてくれていた人の存在を知った
2026年のnon-noのインタビューで、CHIKAさんはHANAになる以前から人前で歌うことを大切にしてきたと振り返っています。
リトグリのオーディションや福岡でのライブなど、HANAになる前からCHIKAさんの歌を聴いていた人もいました。
私はHANAになる前から人前で歌うことを大切にしてきました。
出典:non-no web「【HANA】CHIKAインタビュー『自分を好きになれない人のヒーローになれたら』」(2026年4月23日)
本人は、昔から歌を聴き続けてくれている人がいることを知り、それまで続けてきたことを肯定できるようになったとも話しています。
「ライブがシンプルに大好き」と話す現在
幼いころのお遊戯会、高校時代の中洲JAZZ、福岡でのイベント、二つの大きなオーディションを経て、現在はHANAとしてステージに立っています。
2026年には、ライブについて「シンプルに大好き」と話し、ステージに立つたびに自分がここにいる理由を感じるとも語りました。
5歳から続けてきた歌とダンスは、現在ではHANAのライブという仕事になっています。
自分を好きになれない人へ歌うようになった
デビュー前には自分への自信を失い、体重を理由とした「NO」から無理な食事制限を経験したCHIKAさんですが、現在は自分を好きになれない人に向けて歌うことも目標の一つにしています。
ファンから「CHIKAのおかげでスカートをはけるようになった」と言われたこともあり、その言葉によって本人自身も強くなれたと話しています。
福岡で育ち、5歳から歌やダンスのレッスンを続けたCHIKAさんは、高校で同じ夢を持つ仲間と出会い、人前で歌う機会を増やしていきました。
Little Glee Monsterの最終候補まで進んでもデビューには届きませんでしたが、歌うことを続け、No No Girlsの最終審査で再びデビューを懸けたステージに立ちました。
現在はHANAのCHIKAとして、幼いころから好きだったステージで歌い続けています。
HANA CHIKAと似た生い立ちの人物は?
出身地・年代・人生の原点などの共通点から探せます。
家族情報
公開情報で確認できている家族について、続柄・職業・補足・出典を整理しています。
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安室奈美恵のファンで、幼いCHIKAに歌って踊る女性アーティスト像を身近にした。氏名などは登録しない。 |
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