ちゃんみながプロデュースしたオーディション「No No Girls」から誕生したのが、7人組ガールズグループ「HANA」です。
その最年少メンバーが、2009年3月25日生まれ、東京都出身のMAHINAさんです。
- 両親のポータブルオーディオプレーヤーで洋楽を繰り返し聴き、幼少期から音楽が身近だった。
- 姉の影響でチアダンスを始め、人前で踊る楽しさを知った。中学2年ごろにはライブの客席からアーティストを志すようになった。
- 現在の道につながる原点:オーディション
2026年8月時点では17歳で、歌、ダンス、ラップを行き来するHANAのパフォーマーとして活動しています。
しかし「No No Girls」でラップを始めたのは、順調に審査を勝ち進んだからではなく、3次審査で一度落ちた直後でした。
さらに時間を戻すと、家族と音楽に触れた子ども時代から、客席で将来の進路を考えるまでの時間がありました。
HANA・MAHINAの生い立ちと家族|音楽が身近な3姉妹の末っ子
MAHINAさんの原点には、特別なレッスン室より先に、家の中で耳にした音楽がありました。
両親と2人の姉について本人発言があり、MAHINAさんは3姉妹の末っ子として育っています。
両親のプレーヤーで洋楽を繰り返し聴いた幼少期
「音楽との出会いは、両親のポータブルオーディオプレーヤー。」
non-no
プレーヤーに収められていたさまざまな洋楽を何度も再生することが、最初の音楽体験でした。
2人の姉がいる3姉妹の末っ子|姉の影響でチアダンスへ
音楽を聴く生活の次に始まったのが、姉の影響で選んだチアダンスでした。
人前で踊るうちに、舞台へ立つ楽しさと、自分の身体で表現する喜びを知っていきます。
家族の中で末っ子として過ごした立ち位置についても、本人は自然に居心地のよさを感じていたと後年に話しています。
小学校では発表の一番手|授業を抜け出すほどやんちゃだった
「小学生の頃はクラスの発表会で必ず一番手を買って出るような元気ハツラツなキャラ。」
ViVi
一方で、授業を抜け出したり友達と何度もけんかしたりしたこともあり、本人は当時について、かなりやんちゃだったと説明しています。
家族情報
公開情報で確認できている家族について、続柄・職業・補足・出典を整理しています。
小学校から中学時代へ|ダンスとライブ会場で見つけた進路
学校生活が中学へ進むころ、舞台と客席の両方から表現する仕事を考えるようになります。
9年以上続けたダンスで舞台に立つ楽しさを知る
「No No Girls」へ応募した時点で、MAHINAさんのダンス歴は9年以上になっていました。
ダンススクール名や所属チーム名は公表されていませんが、チアダンスを入口に、舞台で踊りながら人へ何かを届ける時間を重ねています。
中学2年ごろ、ライブの客席からアーティストを志す
子どものころから、家族とさまざまなアーティストのライブへ足を運んでいました。
ステージだけでなく、音楽を聴いて笑ったり泣いたりしながら帰っていく観客の表情も見ていました。
中学2年生ごろ、ステージから客席はどう見えるのかと考え、アーティストを目指し始めます。
チアダンスで自分が舞台へ立つ楽しさを知ったあと、今度は音楽で客席の感情を動かす仕事が進路の候補になりました。
本名・中学校・高校は非公表|確認できる学生生活
公式プロフィールで使用されている名前は「MAHINA」で、本名、名字、漢字表記は公表されていません。
出身中学校と高校の名称も、本人や所属先からは明かされていません。
東京都出身という情報だけでは市区町村や学校を絞り込めず、特定の学校名を裏づける本人発言もありません。
確認できるのは、オーディション期間にも学生だったという本人の言葉までです。
MAHINAさんの原点には、特別なレッスン室より先に、家の中で耳にした音楽がありました。
「音楽との出会いは、両親のポータブルオーディオプレーヤー。」
「小学生の頃はクラスの発表会で必ず一番手を買って出るような元気ハツラツなキャラ。」
学校生活が中学へ進むころ、舞台と客席の両方から表現する仕事を考えるようになります。
公式プロフィールで使用されている名前は「MAHINA」で、本名、名字、漢字表記は公表されていません。
15歳でNo No Girlsへ|最後のチャンスとして応募
2024年、15歳だったMAHINAさんは、BMSGとちゃんみなが開催した「No No Girls」へ応募しました。
応募者は7,000人を超え、その中から3次審査へ進む30人に残ります。
3つの「No」にひかれ、歌・ラップ未経験で挑戦
オーディションが掲げたのは、No FAKE、No LAZE、No HATEという3つの方針でした。
MAHINAさんはこのコンセプトに強くひかれ、夢をかなえるための最後のチャンスというつもりで応募しています。
長く続けてきたダンスとは違い、応募時点では歌唱とラップが未経験でした。
3次審査「本能」では年上の候補者にも意見を伝える
3次審査では、KOKOAさん、KOHARUさん、SAYAKAさん、REIさんとDチームを組み、椎名林檎の「本能」へ挑みました。
ダンス未経験のメンバーもいる中、振り入れに使える時間は数時間しかありませんでした。
チーム最年少だったMAHINAさんは年上の候補者にも臆せず意見を伝え、ダンス歴15年以上のKOHARUさんと一緒に練習を引っ張りました。
本番では白いドレスとベールをまとい、5人で「本能」を披露し、ちゃんみなとSKY-HIが涙を見せるステージとなりました。
一度脱落した直後、ラップの3.5次審査を提案される
結果発表で次へ進んだのはKOKOAさん、SAYAKAさん、KOHARUさんで、MAHINAさんの名前は呼ばれませんでした。
ちゃんみなは、曲についていくことに精いっぱいで、MAHINAさん自身の表現を身につけるには時間がかかると判断していました。
20人の通過者が決まったあと、ちゃんみなは通常の枠を外れた特別な提案だと前置きし、直感が正しければラップが上手なはずだと、MAHINAさんだけに追加審査を持ちかけます。
「ちょっと気持ちの整理がついてないんですけど……受けてみたい」
QJWeb
一度不合格になった直後、経験のないラップだけで受ける3.5次審査が決まりました。
3.5次審査から4次審査へ|未経験のラップが進路を変えた
3次審査の終了から追加審査まで、MAHINAさんはそれまでとは違う練習へ入りました。
学校の友人と家族の日常を保ちながらラップを練習
3次審査で選ばれなかった悲しさと、もう一度みんなと一緒にいられるかもしれないという希望を抱えながら、3.5次審査を待ちました。
準備期間には幅広いジャンルの音楽を聴き、鏡へ向かってラップと表情の練習を重ねています。
学校へ行けば親しい友人に会い、家へ帰れば家族とたわいのない話をするという日常も変えませんでした。
Rei©hi「UCHIRA」で追加審査を通過
3.5次審査で選んだ曲は、Rei©hiの「UCHIRA」でした。
ちゃんみなの前で一人でラップを披露すると、曲が終わってすぐに出来を認められました。
3.5次審査を通過し、すでに集まっていた20人へ加わって4次審査の合宿へ進みました。
本人によると、この追加審査を境に、ステージ上では緊張よりもパフォーマンスを楽しむ気持ちが上回るようになりました。
初作詞の「GET OUT」|ASHAの指導とCHIKAの仲立ち
4次審査は3人1組で、与えられたトラックへ歌詞とメロディをつけ、振付まで作るクリエイティブ審査でした。
MAHINAさんは、ラップ歴5年のASHAさん、歌とダンスの経験が豊富なCHIKAさんとDチームを組みます。
2人がすぐに曲の案を出し合う横で、作詞作曲の経験がゼロだったMAHINAさんは話についていくことにも苦戦しました。
ダンス練習ではASHAさんから歌詞に感情を入れることや、言葉を身体へ定着させることを繰り返し指摘され、次第に萎縮していきます。
合宿5日目の夜、2人の様子を見ていたCHIKAさんが間へ入り、ASHAさんが本気でMAHINAさんのためを考えていたことを説明しました。
ASHAさんが言い方について謝ると、MAHINAさんもすぐに受け入れ、3人は再び本番へ向かいます。
完成した「GET OUT」の本番では、MAHINAさんも自分で書いた言葉をラップし、ちゃんみなから高い評価を受けました。
結果発表でちゃんみなは、技術には惜しい部分がある一方、幼い候補者から予想外の言葉や雰囲気が出てくることが気になって仕方がないと伝えました。
本番後、初めてラップと作詞へ向き合った4次審査について、本人は次のように答えました。
「伝えられた瞬間がすごく幸せで、これをたくさん経験したい」
QJWeb
SKY-HIは、土壇場で気持ちを切り替えて振り切れるところを武器として挙げ、MAHINAさんは4次審査を通過しました。
5次審査から最終審査へ|言葉と歌で見せた変化
5次審査では候補者が14人となり、プロと同じような環境で2曲を完成させる「疑似プロ審査」が始まりました。
MAHINAさんは7人のBチームに入り、「Tiger」と、自分たちで歌詞や振付を作る「NG」に取り組みます。
一人で昼食を取るMOMOに「会いたかった」と声をかける
「NG」のテーマは、意志を持った強い女性でした。
歌詞作りが始まると、MAHINAさんは男性側から見るという意外な案を出し、周囲を驚かせます。
3次審査から何度も一緒になっていたKOHARUさんも、頭の中がまったく読めないところから言葉が出てくる発想を、ひとつの才能だと表現しました。
同じチームのMOMOさんは歌詞がまとまらず、合宿4日目には別室で一人、昼食を取りながら作業を続けていました。
そこへMAHINAさんが部屋を訪ねると、MOMOさんは少し嫌がるような反応を見せました。
「MOMOちゃんに会いたかったの!」
QJWeb
「NG」の歌詞を約2時間書き直し、ちゃんみなからOK
合宿7日目、ちゃんみなが「NG」の歌詞を一人ずつ確認しました。
MAHINAさんは「フルーツバスケット」を人生の比喩として使いましたが、言葉の意味が十分に伝わらないと厳しく指摘されます。
ラップは歌以上に内容が直接届くため、耳ざわりだけで言葉を選ばず、限られた時間を有効に使うよう求められました。
指導が終わったあと、MOMOさんと別室に残り、約2時間かけて歌詞を書き直しました。
比喩を整理し、自分へ投げられた言葉を正面から書いた新しい歌詞は、その場でちゃんみなからOKを受けました。
青春を組体操や線香花火で描いた最終審査「花火」
5次審査を通過した10人は、2025年1月11日にKアリーナ横浜で行われる最終審査へ進みました。
ソロステージのテーマを「青春」と決めたMAHINAさんは、ステージ上を飛ぶこと、ボール遊び、絵、組体操、線香花火などの案をダンサーへ次々に伝えます。
候補曲としてちゃんみなから提案されたのは、MAHINAさんが毎朝聴いていた「花火」でした。
3.5次審査からラップで評価されてきたため、最終審査ではボーカルも届けることを次の課題に選びます。
「ボーカルもラップもダンスも全部がいろいろできる、操れる声になりたい」
QJWeb
この時期に取材を受けた母親は、3姉妹の末っ子らしく甘えたり頼ったりするのが上手な一方、心配性で進むときにはためらい、助言を受けると自分のペースへ持ち込んでから先へ進むと語っています。
Kアリーナ横浜でHANAの最年少メンバーに選ばれる
最終審査「No No Girls THE FINAL」には約2万人が集まり、MAHINAさんは一人で「花火」を歌い、10人で最終課題曲「Drop」を披露しました。
審査の結果、CHIKAさん、NAOKOさん、JISOOさん、YURIさん、MOMOKAさん、KOHARUさん、MAHINAさんの7人が呼ばれます。
新しいグループ「HANA」のメンバーとして、MAHINAさんが選ばれた瞬間でした。
HANAとしてデビュー|チアダンスとラップが現在の表現へ
メンバー発表のあと、7人はHANAとしてデビューの準備へ入りました。
「Drop」から「ROSE」へ|2025年にメジャーデビュー
最終審査曲だった「Drop」は、2025年1月31日にHANAのプレデビュー曲として配信されました。
同年4月2日にはデビュー曲「ROSE」が配信され、4月23日にCDが発売されています。
デビュー初年には「第67回輝く!日本レコード大賞」で最優秀新人賞を受賞し、「第76回NHK紅白歌合戦」にも初出場しました。
個人CMの振付を撮影当日の朝に覚える
2026年1月には、日本マクドナルドの「マックフルーリー きのこの山とたけのこの里」CMへ単独で出演しました。
巨大なきのことたけのこのダンサーと踊るオリジナル振付を教わったのは、撮影当日の朝でした。
カメラが回っていない時間や控室でも繰り返し練習し、本番の撮影へ入りました。
幼少期から続けたダンスが、HANAのステージだけでなく個人の仕事にも現れています。
海外活動とHANA自身での作詞作曲を目指す現在
2026年のインタビューでは、HANAとしてさらに多くの人へパフォーマンスを届け、将来は海外でも活動したいと話しています。
「将来的には自分たちで作詞作曲ができるようになりたい」
non-no
そのために、他言語やさまざまな音楽への理解を深めるという目標も持っています。
家で洋楽を繰り返し聴き、姉を追ってチアダンスを始めた時間が、MAHINAさんの出発点でした。
3次審査で一度止まったあと、未経験のラップを試した3.5次審査で進路が大きく変わりました。
現在はHANAの一員として踊り、歌い、ラップをしながら、自分たちの言葉と音楽を作る次の段階へ進んでいます。
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出身地・年代・人生の原点などの共通点から探せます。








