宮﨑優の生い立ちと家族|学生時代のスカウトから『グラスハート』抜擢まで

宮﨑優
ひと目でわかるプロフィール 宮﨑優
みやざきゆう
出身地
三重県
生まれ年代
2000年代生まれ
活動ジャンル
女優
性別
女性
家庭環境
両親と育った
育った家庭
両親と4姉妹の家庭で、次女として三重県名張市で育った。
きょうだい構成
4人きょうだい・本人は2番目
キャリアの原点
中学生のころから本人が自分で芸能オーディションへ応募し続けたことが、俳優を目指す具体的な行動の始まり。

Netflixシリーズ『グラスハート』で天才ドラマー・西条朱音を演じ、2026年にはTBS日曜劇場『GIFT』にも出演した宮﨑優さん。

『グラスハート』では自らドラムを演奏しましたが、もともと長年のドラマーだったわけではなく、役をつかむまでには三重県名張市から東京へ通った高校時代と、上京後になかなか仕事が決まらなかった時間がありました。

宮﨑優さんを理解する3つのポイント
  1. 姉妹との生活や自然の中で遊ぶ時間が身近で、小学生時代は学校横の森で鬼ごっこや秘密基地作りをしていた。
  2. 中学生のころから本人が自分で芸能オーディションへ応募し続けたことが、俳優を目指す具体的な行動の始まり。
  3. 現在の道につながる原点:スカウト

さらに昔へさかのぼると、4姉妹の次女として育ち、小学生のころは学校の横にあった森で鬼ごっこや秘密基地作りをしていたといいます。

中学生になると大手オーディションへ自分から応募し始め、高校では片道約3時間かけて東京の演技レッスンへ通うようになりました。

現在の活躍だけを見ると一気に表舞台へ現れたように見えますが、俳優を目指して動き始めたのはデビューより何年も前です。

宮﨑優の生い立ちと家族|4姉妹の次女として三重・名張で育つ

宮﨑優さんは2000年11月20日生まれで、三重県名張市で育ちました。

家族は両親と4姉妹で、宮﨑さんは次女です。

後に俳優を目指すことになりますが、幼いころの毎日は芸能活動より、姉妹との生活や自然の中で遊んだ時間の方が身近にありました。

姉のNHK Eテレ収録について行き、1歳ごろに本人も出演

宮﨑さんには、本格的に芸能界を目指すよりずっと前、1歳ごろにテレビへ出演した経験があります。

きっかけは、姉が出演していたNHK Eテレの番組収録へ、母親と一緒について行ったことでした。

そこで宮﨑さん自身も声をかけられ、番組へ出演することになったといいます。

本人は当時のことを覚えている年齢ではありませんでしたが、成長してから家族にビデオや雑誌を見せてもらい、自分が赤ちゃんのころにテレビへ出ていたことを知りました。

「ドラマも好きだしやりたいなって思ったんです」

ENCOUNT

保育園に通うころにはドラマを見ること自体が好きになり、夜更かしして見ることもあったそうです。

森で鬼ごっこや秘密基地作りをしていた小学生時代

小学生になった宮﨑さんは、本人の言葉を借りればかなり「外で遊ぶ子」でした。

通っていた小学校の横には森があり、整備された遊び場だけではなく、その森へ入って遊んでいたといいます。

「山道で鬼ごっこをしたり、秘密基地を作ったりして遊んでいた記憶があります」

AKANE MAGAZINE

かけっこでも男の子に負けたくなく、男女一緒に走る中で1位を狙っていたそうで、短距離走を得意としていました。

家の近くには小学生時代に暮らしていた場所を見下ろせる丘もあり、公共のグラウンドから見える夜の星空を、後年になっても好きな地元の景色として挙げています。

森の山道を走り、秘密基地を作り、かけっこでは男の子にも負けたくなかったという小学生時代でした。

「かっこいい」が好きで小学3年ごろにヒップホップダンスを始める

小学3年生ごろには、外遊びとは別にヒップホップダンスも始めました。

当時から「かわいい」と言われるより「かっこいい」と言われる方がうれしく、「かっこいいことがしたい」と考えたことがきっかけでした。

ダンス自体は2年ほどでやめていますが、俳優になる前から音楽に合わせて体を動かす経験はありました。

現在の公式プロフィールにもダンスは特技として記載され、後の『グラスハート』のオーディションでは演技だけでなくダンス審査にも臨むことになります。

ドラマ好きから堀北真希と戸田恵梨香へ憧れる

外で遊ぶ一方で、家に帰ればドラマを見ることが好きでした。

小学生のころに『花ざかりの君たちへ〜イケメン♂パラダイス〜』を見て堀北真希さんに憧れ、『SPEC』では戸田恵梨香さんに惹かれていきます。

2019年、高校卒業を前に受けた地元紙の取材でも、この2人を憧れの俳優として挙げていました。

警察もののドラマも好んで見ており、2019年に名張で一日警察署長を務めた際には、小学生時代にそうした作品を見ていたことも俳優への興味につながったと話しています。

まだ芸能事務所へ所属していない時期から、テレビの中の俳優は宮﨑さんにとって具体的な憧れの存在になっていました。

家族情報

公開情報で確認できている家族について、続柄・職業・補足・出典を整理しています。

父

一般人家族のため氏名・職業など未確認情報は登録しない。

信頼できる媒体 出典を見る
母

姉の番組収録へ本人を連れて行った母。氏名などは登録しない。

信頼できる媒体 出典を見る
姉

NHK Eテレ番組収録に出演していた姉。氏名などは登録しない。

信頼できる媒体 出典を見る

中学生で女優の夢が行動へ|大手オーディションへ応募し続ける

ドラマを見る側だった宮﨑さんが、自分で芸能界への入口を探し始めたのは中学生のころです。

家族が芸能事務所を探して応募させたのではなく、本人がオーディション情報を見つけて動き始めました。

東宝「シンデレラ」などを受け、芸能事務所にも自分で書類を送る

中学生になると、東宝「シンデレラ」オーディションをはじめとする大規模なオーディションへ挑戦しました。

大手芸能事務所にも自分で書類を送り、所属につながる入口を探し続けていたといいます。

しかし、応募すればすぐ所属できたわけではありません。

両親も芸能活動を強く先導する形ではなく、本人が自分の力で挑戦して所属できるなら、という距離から見守っていました。

後にSNSでスカウトされる前から、宮﨑さん自身は何度も芸能界へ手を伸ばしていたことになります。

『SPEC』はメイキングまで視聴、芝居を作る現場にも興味を持つ

特に好きだった『SPEC』は、本編を楽しむだけでは終わりませんでした。

宮﨑さんはメイキング映像まで見て、監督や俳優、スタッフが一緒になって場面を作る様子にも興味を持っていたそうです。

戸田恵梨香さんの芝居だけを見るのではなく、その演技が生まれる撮影現場そのものへ視線が向いていました。

中学生になるとテレビの向こう側へ憧れるだけでなく、自分もそこへ入るためにオーディションへ応募する生活が始まります。

中1のカラオケで歌ったRADWIMPS、友人と過ごした音楽の時間

一方、中学校生活のすべてがオーディション中心だったわけではありません。

中学1年生のころ、友人とカラオケへ行くと必ず歌っていた曲の一つが、RADWIMPSの「君と羊と青」でした。

後年のラジオでは、この曲を聴くと中学時代全体を思い出すほど、当時の時間が詰まった一曲だと話しています。

阿部真央さんの「for ロンリー」を中学時代の友人と歌い、友人が合いの手を入れるという定番の楽しみ方もありました。

ドラムを始めるのはずっと後ですが、音楽を聴いたり歌ったりする時間は学生時代から日常の中にありました。

人生年表 宮﨑優さんの歩み
幼少期
育った場所・環境

三重県名張市。 姉妹との生活や自然の中で遊ぶ時間が身近で、小学生時代は学校横の森で鬼ごっこや秘密基地作りをしていた。

ENCOUNT|宮﨑優インタビュー
家庭
家族・家庭環境から受けた影響

姉の番組収録について行った際に1歳ごろテレビ出演を経験し、家族に当時の映像を見せてもらったことも後の芸能への興味につながった。

ENCOUNT|宮﨑優インタビュー
幼少期
宮﨑優の生い立ちと家族|4姉妹の次女として三重・名張で育つ

宮﨑優さんは2000年11月20日生まれで、三重県名張市で育ちました。

高校
高校時代|三重から東京へ往復6時間、演技レッスンを続ける

高校へ進むと、宮﨑さんの生活には名張での学校生活に加えて、東京での演技レッスンが入るようになります。

高校
高校1年から週1回、親に駅まで送られ東京のレッスンへ

高校1年生になると、東京で行われる演技の特待生レッスンへ通い始めます。

高校
高校生のCM現場で佐藤二朗と共演、撮影現場の動きを覚えていく

活動を始めたばかりのころには、佐藤二朗さんが出演するシフト管理アプリ「CAST」のWebCMにも参加しました。

学生時代
森で鬼ごっこや秘密基地作りをしていた小学生時代

小学生になった宮﨑さんは、本人の言葉を借りればかなり「外で遊ぶ子」でした。

原点
現在の道へ進んだきっかけ

中学生のころから本人が自分で芸能オーディションへ応募し続けたことが、俳優を目指す具体的な行動の始まり。

ENCOUNT|宮﨑優インタビュー

高校時代|三重から東京へ往復6時間、演技レッスンを続ける

高校へ進むと、宮﨑さんの生活には名張での学校生活に加えて、東京での演技レッスンが入るようになります。

母校は三重県立名張高校で、高校卒業後も地元の行事で名張へ戻っています。

まだ俳優として仕事を始める前から、東京との往復が続いていました。

高校1年から週1回、親に駅まで送られ東京のレッスンへ

高校1年生になると、東京で行われる演技の特待生レッスンへ通い始めます。

三重から東京までは片道約3時間で、往復すれば約6時間かかりました。

レッスンの日には親が地元の駅まで車で送り、そこから一人で東京へ向かっていたといいます。

学校のある三重県に生活の拠点を置いたまま、週に一度、往復約6時間をかけて演技を学ぶ生活が始まりました。

この時点では芸能事務所への正式所属が決まっていたわけではなく、レッスンへ通いながら機会を探していました。

2018年2月、InstagramのスカウトDMを疑い事務所へ電話する

転機が来たのは2018年2月です。

高校2年生だった宮﨑さんのInstagramへ、古舘プロジェクト側からスカウトのDMが届きました。

中学生から芸能事務所へ応募してきた本人にとっては念願の入口にも見えますが、最初の反応は喜びより警戒でした。

知らない相手から届いたDMをそのまま信用せず、家族や周囲へ相談し、事務所へ自分で電話して送信者が本当に所属する人物なのか確かめました。

確認が取れると担当者が三重まで訪れ、宮﨑さんだけではなく家族とも直接話をしています。

何年も自分からオーディションへ応募していた宮﨑さんの芸能活動は、最後には自分が送った応募書類ではなく、Instagramへ届いた1通のDMから動き出しました。

家族との面談を経てフルタチSFTへ、『美少女クエスト』で名張ロケ

家族との面談を経て、2018年4月から古舘プロジェクトの新人開発部門フルタチSFTに所属しました。

同年8月にはフジテレビの『美少女クエスト』に登場し、「初々しすぎる美少女」として紹介されています。

番組では17歳だった宮﨑さんの地元・名張でも撮影が行われました。

公式SNSには体育館でバスケットボールやバドミントンを楽しむ撮影中の姿も残され、高校生だったころの本人を確認できます。

同年11月には『週刊ヤングジャンプ』にも登場し、レッスン中心だった生活に少しずつ撮影の仕事が加わっていきました。

高校生のCM現場で佐藤二朗と共演、撮影現場の動きを覚えていく

活動を始めたばかりのころには、佐藤二朗さんが出演するシフト管理アプリ「CAST」のWebCMにも参加しました。

まだ撮影経験が少なく、現場でどこに立てばいいのか、カメラに対してどう動けばいいのかも一つずつ覚えていく時期でした。

高校生だった宮﨑さんにとって、レッスンで芝居を学ぶ時間と、実際のプロの撮影現場へ入ることは別の経験でした。

学校へ通いながら東京との往復を続け、仕事の日には年上の俳優やスタッフに囲まれる生活へ少しずつ変わっていきます。

初ドラマ『高嶺と花』、約1週間のホテル生活で初めての撮影現場へ

2018年末にはドラマのオーディションに合格し、FODドラマ『高嶺と花』で小川水希を演じることが決まりました。

ドラマの撮影では三重から一人で東京へ出て、約1週間ホテルに泊まりながら現場へ通っています。

周囲には自分より若くてもすでに撮影経験を持つ共演者がおり、演出を受けても最初は何ができていないのか分からないことがあったそうです。

レッスンへ通うのと実際のカメラの前に立つのは違い、現場で指摘されたことを受け止めながら、その日の撮影へ食らいついていました。

高校卒業を前にした2019年2月、地元紙にはこれから東京で仕事をしていく目標をこう話しています。

「さまざまな役に挑戦して自分の個性を表現していきたい」

伊賀タウン情報YOU

このころまでは、学校のある名張へ戻ると「帰ってきた」と感じられる生活でした。

18歳で上京|大学へ進まず、仕事が決まらない時期を過ごす

2019年3月に高校を卒業すると、宮﨑さんは名張から生活の拠点を東京へ移します。

高校までの「仕事やレッスンのたび東京へ行く生活」が終わり、18歳で一人暮らしが始まりました。

ところが、東京へ移ったことと仕事が増えることは同じではありませんでした。

高校卒業とともに名張を離れ、大学へは進まなかった

宮﨑さんは大学へ進学せず、俳優の仕事を続ける道を選びました。

同年代が大学へ入り、新しい友人関係や学生生活を作っていく時期に、自身は芸能活動をするため東京で暮らしていました。

高校時代には授業へ行けば同級生がいましたが、一人暮らしを始めると、仕事がない日は誰とも会わずに終わることもあります。

18歳で上京したものの、すぐに俳優一本で忙しくなるわけではなかったのです。

友人の少ない19歳、家に出るクモを待つほど一人だった日々

本人が後年、「一番苦しかった」と振り返っているのが19歳のころです。

「一番苦しかったのは19歳の時です」

ENCOUNT

大学には通っておらず、東京で気軽に会える友人も少なかったため、一人で過ごす時間が長くなっていました。

そのころ住んでいた部屋にはクモが現れることがあり、見かけると少しうれしくなるほどだったと明かしています。

名張にいたころは家族や学校の友人が身近にいましたが、東京では自分で人とのつながりを作らなければ、一日がそのまま一人で終わります。

俳優として東京へ出た直後に待っていたのは、華やかな撮影の日々より、一人で次の仕事を待つ時間でした。

小さな役とオーディションを重ね、映画『死刑にいたる病』の現場へ

それでも仕事が完全になかったわけではなく、『女子グルメバーガー部』や映画『うみべの女の子』など、少しずつ出演作を重ねました。

2022年公開の白石和彌監督作『死刑にいたる病』では、約200人が参加したオーディションを経て加納灯里役に選ばれています。

白石監督が当時の宮﨑さんについて注目していたのは、まだ特定のイメージが強く付いていなかったところでした。

「色がついていなかった」

CineBoze

撮影では自分の出番が少ない日でも早く現場へ入り、ほかの俳優の芝居を見たり、自分のシーンを練習したりしていました。

白石監督のもとへ質問に行くこともあり、仕事が多くない時期に得た一つの現場を、撮影して帰るだけでは終わらせていませんでした。

現場へ早く入り、見て、練習し、監督へ質問するという姿を、本人ではなく監督側の証言からも確認できます。

ただ、この作品への出演後も、大きな役が続けて決まったわけではありませんでした。

女優を続けるか迷った時期に『グラスハート』のオーディションが来る

映画の現場を経験しながらも、オーディションでは最終段階まで残って落ちることが続きました。

宮﨑さん自身は後に、約3年間を「売れない時期」「何もなかった時期」と表現しています。

そんな中で届いたのが、Netflixシリーズ『グラスハート』の西条朱音役のオーディションでした。

最終選考で落ちることが続き、「これが最後」と考えて応募

『グラスハート』以前には、長期間にわたる別作品のオーディションで最後まで残りながら役を得られない経験もありました。

何度も「あと少し」のところまで行っては結果が出ず、俳優をこのまま続けるのかを考える時期に入っていました。

「女優を辞めるか辞めないかみたいなことを考えた時期でもあった」

WANI BOOKOUT

『グラスハート』についても、次も駄目なら区切りをつけようと考えるほどの気持ちで臨みました。

女優を続けるかどうかを考えていた時期に受けたオーディションが、その後もっとも広く名前を知られる作品につながります。

2023年の審査でドラム・歌・ダンスに挑み、妹と合格のハイタッチ

西条朱音はバンドのドラマーなので、審査は芝居だけではありませんでした。

宮﨑さんはドラム、歌、ダンスにも挑み、複数段階のオーディションを進んでいきます。

2023年2月3日に撮影されたオーディション時の映像は、後に本人の公式Instagramでも公開されました。

三次審査まで進んでも結果が決まらず、急きょ四次審査として衣装を着た状態で佐藤健さんと芝居をするカメラテストが行われています。

合格を知らされたときには妹がそばにいて、宮﨑さんは飛び跳ね、そのまま妹とハイタッチしました。

中学生から何度も受けてきたオーディションの先で、西条朱音という初めての大きな役をつかみました。

ドラム未経験から約1年半、4本の手足を別々に動かす練習へ

役を得ても、宮﨑さんにはもう一つ大きな課題が残っていました。

西条朱音は天才ドラマーですが、宮﨑さん自身には本格的なドラム経験がありませんでした。

合格後は基礎から練習を始め、仕事の合間にもレッスンを重ねています。

「1年半ぐらい練習しました」

otocoto

特に難しかったのが、左右の手と両足という4本の手足をそれぞれ別に動かすことでした。

自信をなくしたときには、YOYOKAさんやkiiさんなど年下のドラマーの演奏動画を見て、「自分もやろう」と気持ちを立て直すことがあったといいます。

ゲスの極み乙女のドラマーとしても知られるほな・いこかさんの演奏も参考にしながら、朱音の演奏を形にしていきました。

撮影では普通のスタジオ演奏だけではなく、雨の中でドラムを叩く場面もあります。

水に濡れたドラムはスティックの跳ね返りが弱くなるため、通常より力を使わなければならず、練習時とは違う感覚にも対応しました。

ドラム未経験で選ばれたあと、約1年半かけて「演じるドラマー」ではなく、自分で演奏できるところまで準備を続けました。

『グラスハート』が転機に|FLaMme移籍から現在へ

『グラスハート』の撮影を経た2025年、宮﨑さんの周囲では所属先も変わりました。

同年夏に作品が配信されると、西条朱音としてドラムを叩く姿だけでなく、劇中バンドTENBLANKとしてステージに立つ機会も生まれます。

2025年4月、幼いころから憧れた戸田恵梨香と同じFLaMmeへ

2025年4月、宮﨑さんはFLaMmeへ所属しました。

FLaMmeには、小学生のころ『SPEC』を見て憧れていた戸田恵梨香さんも所属しています。

小学生の宮﨑さんは戸田さんの出演作を本編だけでなくメイキングまで見ていましたが、約15年後には同じ事務所の俳優として活動することになりました。

公式プロフィールには、映画鑑賞や歌うことに加え、ダンス、ドラム、バドミントンが特技として並んでいます。

『グラスハート』のために一から始めたドラムが、現在は本人の特技の一つになっています。

西条朱音とTENBLANKとしてステージに立つ

Netflixシリーズ『グラスハート』は2025年7月31日に配信が始まりました。

同日の世界最速試写会では、佐藤健さん、宮﨑さん、町田啓太さん、志尊淳さんが劇中バンドTENBLANKとして登場し、「旋律と結晶」「永遠前夜」を生演奏しています。

高校時代には演技のレッスンを受けるため片道約3時間かけて東京へ通っていた宮﨑さんが、このときは大勢の観客の前でドラムを担当しました。

作品では西条朱音として演奏し、作品の外でもTENBLANKの一員として実際に音を鳴らすことになります。

オーディションを受けるまで触れていなかった楽器で、作品公開の日には観客の前へ立っていました。

出演が決まっても“塩対応”の家族、同居の妹は「いいじゃん」

仕事が大きくなっても、宮﨑さんと家族の距離感は意外なほど淡々としています。

2026年の日曜劇場『GIFT』への出演が決まったときも、家族の反応は大騒ぎではなく「そうなんだ」というものだったそうです。

現在同居している妹も「いいじゃん」と返す程度で、宮﨑さん自身がインタビューで家族の反応を“塩対応”として笑いながら明かしています。

その妹は、『グラスハート』のオーディションに合格したとき、真っ先にハイタッチした相手でもありました。

芸能界入りの際には家族を交えて事務所担当者と話し、高校時代には親がレッスンへ向かう駅まで送り、上京後には妹と暮らすようになっています。

表立って大きな言葉をかける家族ではなくても、人生の節目では同じ場面に家族の姿があります。

『GIFT』出演など、2026年も俳優として次の作品へ

『グラスハート』後の2026年には、TBS日曜劇場『GIFT』で宗像桜を演じました。

宗像は宇宙物理学の研究に取り組むポストドクターで、専門用語を交えた台詞も多い役です。

第8話では、堤真一さん演じる伍鉄文人との過去を抱えた人物として物語の中心に入り、『グラスハート』の西条朱音とは違う役柄を演じています。

さらに2026年8月には、同年10月スタート予定のテレビ朝日ドラマ『あにいもうと』への出演も発表されました。

宮﨑さんが演じる園田絵里は、重い病のため高校を休学して入院している人物で、2026年8月30日時点では放送開始前の作品です。

19歳のころには次の仕事を待ちながら一人で過ごす時間が長かった宮﨑さんですが、現在は大きな作品を終えたあとにも新しい役が続いています。

三重県名張市でドラマを見ながら育ち、中学生になると自分でオーディションへ応募し、高校では東京まで演技を学びに通った宮﨑優さん。

上京後には仕事が決まらず女優を続けるか迷う時期もありましたが、その途中で受けた『グラスハート』で西条朱音役をつかみ、未経験だったドラムを約1年半練習してステージにも立ちました。

2026年も俳優として新しい作品が続く現在まで、その道のりは名張でドラマを見ていた子ども時代から一方向につながっています。

参考・出典 この記事で参照した主な資料
正本DB確認日:2026-09-15

宮﨑優と似た生い立ちの人物は?

出身地・年代・人生の原点などの共通点から探せます。

似た人物を探す →
最近見た人物・保存一覧を見る →

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 ※ が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA