- 出身地
- 千葉県
- 生まれ年代
- 2000年代生まれ
- 活動ジャンル
- バスケットボール選手
- 性別
- 男性
- 育った家庭
- オーストラリア人の父と日本人の母のもと千葉県で育った。
- キャリアの原点
- 小学2年生でバスケットボールを始め、中学1年で福岡大学附属大濠高校の試合を会場で見たことが進路目標につながった。
身長206cmのサイズを持ちながら、ゴール下だけでなくドライブや3ポイントシュートでも攻める渡邉伶音さん。
2006年4月2日生まれのバスケットボール選手で、現在はアルティーリ千葉でSF/PFとしてプレーしています。
- 小学2年生からバスケットボールを始め、中学時代には千葉県内のクラブやU15環境で競技力を高めた。
- 小学2年生でバスケットボールを始め、中学1年で福岡大学附属大濠高校の試合を会場で見たことが進路目標につながった。
- 現在の道につながる原点:幼少期から活動
高校時代には年代別日本代表だけでなく男子日本代表にも招集され、福岡大学附属大濠高校では最後のウインターカップで日本一を経験しました。
その一方で、原点をたどると小学2年生でバスケットボールを始め、中学生のころにはすでに将来の日本代表を目標にしていた少年時代があります。
高校卒業後は東海大学へ進みましたが、入学から約3カ月後には大学を離れ、プロ一本で勝負する道を選びました。
アルティーリ千葉公式Instagramの渡邉伶音選手
渡邉伶音の生い立ちと家族|千葉で育ち小学2年生からバスケを始める
渡邉伶音さんは千葉県出身で、現在所属するアルティーリ千葉も、自身が生まれ育った千葉を地元として紹介しています。
現在の206cmという身長から早くからバスケットボール一筋だったようにも見えますが、競技を始めたのは小学生になってからでした。
オーストラリア人の父と日本人の母のもと千葉県で育つ
渡邉さんは、オーストラリア人の父親と日本人の母親の間に生まれました。
2022年3月に日テレNEWSで中学3年生の渡邉さんが紹介された際にも、この家族背景が伝えられています。
一方、父親や母親の職業、兄弟姉妹の有無などについては、本人や所属クラブなどが公表しているプロフィールから確かな情報を確認できません。
父母のルーツについては分かっていても、家族構成の細部まで広く公開している選手ではないようです。
小学2年生でバスケットボールを始め、身体も急速に大きくなる
バスケットボールを始めたのは小学2年生のころでした。
小学校名については、現在のアルティーリ千葉の公式プロフィールには掲載されていません。
ただ、後年には千葉県内のバスケットボールスクール「レオヴィスタ」が、渡邉さんについてジュニアクラス在籍経験のある選手として紹介しています。
小学生から中学生へ進むころには身体も大きく伸び、競技の中でサイズが大きな特徴になっていきました。
小学生のころから高校バスケを見ていた
競技を始めたあと、渡邉さんがよく見るようになったものの一つが高校バスケットボールでした。
のちに福岡大学附属大濠高校への進学理由を振り返ったインタビューでは、小さいころから高校バスケの試合を見ていたと明かしています。
大濠の選手がサイズのある留学生にもアタックし、3ポイントシュートも決める姿に惹かれていました。
このころ見ていた高校バスケが、中学生になってから具体的な進路へ変わっていきます。
家族情報
公開情報で確認できている家族について、続柄・職業・補足・出典を整理しています。
渡邉伶音の中学時代|204cmまで伸び全国大会と千葉ジェッツU15を経験
中学生になると、渡邉さんの身体はさらに急速に大きくなりました。
同時に、将来のプレースタイルにつながる練習や、福岡の強豪校を目指すきっかけもこの時期に重なっていきます。
中学3年間で身長が24cm伸び、204cmになる
2022年3月、15歳だった渡邉さんの身長は204cmに達していました。
日テレNEWSによると、中学3年間だけで24cm伸びています。
すでに200cmを超えていた一方、当時の千葉ジェッツU15ではゴール下だけを担当していたわけではありません。
渡邉さんは後年、当時の奈良篤人ヘッドコーチからボール運びも任され、外からシュートを打つことも認めてもらっていたと振り返っています。
「外からどんどんシュートを打っていいと言っていただきました」
B.LEAGUE
身長が高いからゴール下だけを担当するのではなく、正面を向いてプレーする経験を積んでいました。
現在のSF/PFとしてのプレーにつながる土台は、中学生のころから作られていたことになります。
全国中学校大会を経験し、中学後半は千葉ジェッツU15でもプレー
中学校については、現在のアルティーリ千葉公式プロフィールに「柏市立土中学校卒」と記載されています。
一方、千葉県教育委員会が公開した2021年度の体育・スポーツ功労者資料には、全国中学校バスケットボール大会で優勝した八千代松陰中学校の3年生メンバーとして渡邉伶音さんの名前があります。
公開されている公式資料だけでは、この2つの記録が生じた経緯までは分かりません。
高校進学前には千葉ジェッツU15でもプレーし、同世代の選手たちと練習を重ねていました。
当時すでに200cmほどあり、本人によればゴール下で待ってボールを受ける形だけでも戦えるサイズがありましたが、チームではボール運びやアウトサイドからのプレーにも取り組みました。
中学1年で福岡大大濠の応援席の後ろから試合を見て進学を決意
高校進学の方向が決まるきっかけは、かなり早い時期に訪れていました。
中学1年生のとき、ウインターカップを会場まで見に行き、福岡大学附属大濠高校の応援席の後ろから試合を観戦しています。
「絶対にここでプレーしたい!」
バスケット・カウント
千葉県で育った中学生が、このときにはすでに福岡の福岡大学附属大濠高校を進路として意識していました。
渡邉伶音さんは千葉県出身で、現在所属するアルティーリ千葉も、自身が生まれ育った千葉を地元として紹介しています。
中学生になると、渡邉さんの身体はさらに急速に大きくなりました。
中学校については、現在のアルティーリ千葉公式プロフィールに「柏市立土中学校卒」と記載されています。
競技を始めたあと、渡邉さんがよく見るようになったものの一つが高校バスケットボールでした。
2022年春、渡邉さんは千葉を離れ、憧れていた福岡大学附属大濠高校へ進みました。
中学ではアウトサイドからのプレーにも取り組んでいましたが、高校へ入ると競技のスピードや身体のぶつかり合いは一段上がりました。
渡邉伶音の高校時代|千葉を離れて福岡大大濠でプレーの幅を広げる
2022年春、渡邉さんは千葉を離れ、憧れていた福岡大学附属大濠高校へ進みました。
身長はすでに全国でも目立つ水準でしたが、強豪校での3年間は、そのサイズをどう使うかを覚えていく時間にもなりました。
1年生から試合に出場し、高校バスケのスピードとフィジカルに向き合う
中学ではアウトサイドからのプレーにも取り組んでいましたが、高校へ入ると競技のスピードや身体のぶつかり合いは一段上がりました。
本人も高校バスケに慣れるまでには時間がかかったと振り返っています。
それでも1年生から試合経験を重ね、同時にU16日本代表、U17日本代表として国際大会にも出場しました。
2022年のFIBA U16アジア選手権では準優勝を経験し、その後のU17ワールドカップにも進みます。
2年生でウインターカップ準優勝、インサイドの役割が大きくなる
高校2年生になると、チーム内で任される仕事も増えていきました。
新チームが始まったころの練習試合では、インサイドでミスが続き、片峯聡太コーチから厳しく指摘されたこともあります。
前の代で中心だった川島悠翔さんが抜けたあと、「インサイドが手薄になったと思われたくない」という言葉を受け、渡邉さんは内側での力を重点的に鍛えました。
2023年のウインターカップでは、2年生ながら福岡大大濠の中心選手として決勝まで進出します。
渡邉伶音さん公式Instagramの高校時代の投稿
決勝では福岡第一高校に敗れて準優勝となりましたが、この大会後も高校だけにとどまらない経験が続きました。
ライジングゼファーフクオカへ加入し、高校生でBリーグデビュー
2024年1月5日、高校2年生だった渡邉さんはライジングゼファーフクオカへ特別指定選手として加入しました。
プロで最初に立った試合会場は、福岡ではありませんでした。
1月21日に千葉ポートアリーナで行われたアルティーリ千葉戦でコートに入り、17歳9カ月19日でBリーグデビューを果たします。
生まれ育った千葉へ戻り、観客としてではなくプロの試合に出場することになりました。
「ずっと夢に見てきた舞台に初めて立つことができて」
B.LEAGUE
デビュー戦では得点こそなかったものの、相手のゴール下をブロックするなど守備で存在感を見せました。
高校・Bリーグ・日本代表を行き来しながら外のプレーを増やす
ライジングゼファーフクオカでは外国籍選手と同じ練習環境に入り、高校とは違う身体の強さや技術に触れました。
レギュラーシーズン4試合に出場したほか、B2プレーオフのベンチ入りも経験しています。
学校へ戻れば福岡大大濠のインサイドを担い、代表活動では国際大会へ向かい、プロではより身体の大きな選手たちと対戦する生活でした。
高校2年生の段階で「高校」「Bリーグ」「日本代表」という異なる3つの環境を行き来する時期に入っていたのです。
2024年には男子U18日本代表にも選出され、FIBA U18アジアカップへ出場しました。
高校で求められるインサイドの仕事を続けながら、本人は将来的に3番、つまりスモールフォワードとして完成することも見据えていました。
U19代表から学校へ戻った際には、シュート試投数を増やすため、インサイドから外へ出たときに3ポイントを狙うことなども意識しています。
高校生唯一の男子日本代表招集から最後のウインターカップへ
2024年10月30日、JBAはFIBAアジアカップ2025予選Window2へ向けた男子日本代表の直前合宿メンバーを発表しました。
招集された選手の中で、渡邉さんは唯一の高校生でした。
11月のグアム戦では男子日本代表のエントリーロスター12人にも入り、高校卒業前にA代表の環境を経験します。
高校最後のウインターカップで念願の日本一になる
2024年12月、福岡大大濠で迎える最後のウインターカップが始まりました。
前年は決勝で敗れており、最後の大会はもう一度日本一へ挑む舞台でした。
12月29日の男子決勝では鳥取城北高校と対戦し、渡邉さんは16得点14リバウンドを記録します。
福岡大大濠は77-57で勝利し、3年ぶり4度目のウインターカップ優勝を果たしました。
中学1年生で応援席の後ろから見ていた学校で、最後は自分が主力として全国の頂点に立ちました。
高校卒業後は東海大学へ|アルティーリ千葉の特別指定も経験
ウインターカップが終わると、渡邉さんの時間軸は高校から次のステージへ進みます。
ただし、大学入学までの数カ月にもBリーグでプレーする期間がありました。
高校卒業前に地元・千葉のアルティーリ千葉へ加わる
2025年1月1日、渡邉さんはアルティーリ千葉への特別指定選手加入が発表されました。
前年のBリーグデビュー戦で対戦したクラブへ、今度は自分が加わることになります。
「僕の生まれ育った、また僕の成長に関わってくださった多くの方々が住むこの千葉県」
アルティーリ千葉
高校生活の最後を過ごしながら地元クラブの練習へ入り、1月25日の山形ワイヴァンズ戦でアルティーリ千葉の公式戦デビューを果たしました。
この時期には代表活動も重なり、クラブ側も「代表活動とチームでの活動を両立」と紹介するスケジュールになっていました。
2025年4月に東海大学体育学部へ進学する
アルティーリ千葉での特別指定選手としての活動は2025年3月31日に終了しました。
渡邉伶音さん公式Instagramの2025年3月31日の投稿
4月からは東海大学体育学部競技スポーツ学科へ進学し、大学バスケットボールの強豪・東海大学男子バスケットボール部で新しい生活を始めます。
同じ4月、B.LEAGUEのインタビューではアルティーリ千葉で経験していた3番ポジションについても話し、将来的にそこでプレーを完成させたいという目標を示していました。
高校ではインサイドを担う場面が多かった渡邉さんにとって、プロを見据えたポジションづくりも同時に進んでいました。
渡邉伶音が東海大学を3カ月で退学|プロ一本へ進む決断
東海大学へ入学した渡邉さんは、そのまま4年間大学バスケを続けたわけではありません。
日々バスケットボールと向き合う中で、以前から掲げていた目標と、現在置かれている環境を改めて考えることになります。
大学生活の中でBリーグ・日本代表・ロス五輪を改めて見据える
渡邉さんが大学在学中に具体的な目標として挙げていたのは、Bリーグで活躍すること、日本代表になること、そして2028年ロサンゼルス五輪でした。
日本代表は突然出てきた目標ではありません。
中学3年生だった2022年の段階で、すでに将来は日本代表選手になりたいと口にしていました。
高校では年代別代表からA代表のロスターまで進み、その目標は「いつかなりたいもの」から現実のキャリア選択に関わるものへ変わっていました。
大学へ入ったあとも、より競技へ集中できる環境に身を置きたいという思いが強くなっていきます。
家族や指導者と話し合い、2025年7月に中途退学を決める
2025年7月16日、東海大学男子バスケットボール部は、渡邉さんが大学を中途退学して競技へ専念することを発表しました。
大学側によると、決断にあたっては本人だけで決めたのではなく、本人や家族と十分に話し合いを重ねたとしています。
「今より更に自分を追い込む環境に身を置きたいと思いました」
東海大学男子バスケットボール部
入野貴幸監督や陸川章コーチらにも何度も相談したうえでの決断でした。
2025年4月に入学してから、およそ3カ月で東海大学を離れることになりました。
短い在学期間でしたが、本人は東海大学で出会った指導者やチームメイトへの感謝も伝えています。
アルティーリ千葉と正式契約し、地元でプロ生活を始める
東海大学が退学を発表した同じ2025年7月16日、アルティーリ千葉は渡邉さんとの2025-26シーズン選手契約を発表しました。
「プロ選手としてステージを変えさせていただくことに、責任と覚悟を持って、決断しました」
アルティーリ千葉
高校時代には福岡でプロを経験し、その後は故郷・千葉のクラブに特別指定選手として加わり、大学を経て今度は正式なプロ選手として戻りました。
背番号42をつけ、SF/PFとしてプロでのシーズンに入ります。
中学生で描いた「日本代表」が現実へ|現在の渡邉伶音
プロへ進んだ渡邉さんの現在を見ると、中学・高校時代に取り組んできたことがそのまま残っています。
206cmというサイズに加え、アウトサイドでボールを持つことやシュートを打つことも求められています。
年代別代表から高校生でA代表候補へ進む
日本代表歴はU16、U17、U19、U18と年代をまたいで続きました。
高校3年生だった2024年には男子日本代表のアジアカップ予選Window2に招集され、翌2025年にも代表活動へ参加しています。
15歳のときに掲げていた「日本代表」は、高校卒業前には実際に日の丸をつける環境へ変わっていました。
インサイド中心からSFにも挑戦するプロ生活
渡邉さん自身は、将来的に3番ポジションを完成させたいと話しています。
アルティーリ千葉へ特別指定で加わったころには、大塚裕土さんや熊谷尚也さんとマッチアップする機会も多く、より外側のポジションを経験していました。
中学時代に千葉ジェッツU15でボール運びやアウトサイドシュートを経験し、高校ではインサイドの強さを求められ、プロでは再び3番へ活動範囲を広げています。
「大きい選手」として一つの役割に固定されず、年代ごとに内側と外側の両方を経験してきたことが現在のプレースタイルにも表れています。
2026-27シーズンもアルティーリ千葉でプレーを続ける
2026年5月13日、アルティーリ千葉は渡邉さんとのB.LEAGUE PREMIER 2026-27シーズン契約継続を発表しました。
クラブの新居佳英CEOは、サイズだけでなくドライブやアウトサイドシュートもできるオールラウンダーとして渡邉さんを評価しています。
渡邉伶音さん公式Instagramの2025-26シーズン終了時の投稿
2026-27シーズンを前に、渡邉さん自身も前年より成長した姿を見せたいとコメントしています。
小学2年生で始めたバスケットボールは、中学生になるころには全国大会や千葉ジェッツU15へつながり、中学1年生で憧れた福岡大大濠では最後に日本一までたどり着きました。
高校時代にBリーグと日本代表を経験したあと、東海大学へ進んだものの約3カ月で環境を変え、プロへ専念する道を選びました。
現在は生まれ育った千葉で、少年時代から広げてきたアウトサイドのプレーも武器にしながら、アルティーリ千葉と日本代表につながるキャリアを進んでいます。
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