堀口真帆の生い立ちと家族|父のインスタからモデル、女優になるまで

堀口真帆
ひと目でわかるプロフィール 堀口真帆
ほりぐちまほ
出身地
東京都
生まれ年代
2000年代生まれ
活動ジャンル
女優 ・ モデル
性別
女性
育った家庭
父がInstagramへ投稿した写真をきっかけにモデル活動へ進み、その後俳優へ活動の幅を広げた。
キャリアの原点
小学生のころ、父が何気なくInstagramへ投稿した本人の写真を見た関係者から声をかけられたことがデビューのきっかけ。
趣味・好きなこと
料理
特技・得意なこと
料理

『仮面ライダーゼッツ』でねむを演じ、2025年10月からはSeventeen専属モデルとして活動している堀口真帆さん。

2026年には『GTO』へ出演するなど俳優の仕事も広がっていますが、芸能活動の始まりをたどると、まだ小学生だったころまでさかのぼります。

堀口真帆さんを理解する3つのポイント
  1. 子どものころから運動が好きで、運動会前には家でも走る練習をし、小学校では選抜リレーの選手を務めた。卓球や水泳、ダンスなどにも取り組んでいた。
  2. 小学生のころ、父が何気なくInstagramへ投稿した本人の写真を見た関係者から声をかけられたことがデビューのきっかけ。
  3. 現在の道につながる原点:スカウト

最初のきっかけになったのは、父親がInstagramへ何気なく載せた堀口真帆さんの写真でした。

そこからライブ配信、『Popteen』モデル、横浜FCのスタジアムMCへと、中学時代からいくつもの経験が重なっていきます。

堀口真帆の生い立ちと家族|運動好きだった東京都の子ども時代

堀口真帆さんは2008年10月10日生まれ、東京都出身です。

現在のプロフィールでは料理やリフティングを得意なことに挙げていますが、その土台になるような遊びやスポーツは幼いころから身近にありました。

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2歳から負けず嫌い、4歳ごろは傷が絶えないほどやんちゃだった

Seventeenが紹介した本人のヒストリーによると、2歳のころから負けず嫌いなところがあり、4歳ごろは傷が絶えないほどやんちゃな子どもだったそうです。

6歳の写真では、現在も好きな色として挙げているピンクをすでに好んでいたことも紹介されています。

学校では体育が得意で、本人は自身のキャラクターについて「みんなを引っ張る元気キャラ」と答えており、机に向かう教科では数学が少し苦手だったと明かしています。

運動会のため家でも走り、小学校から毎年リレー選手に選ばれた

子どものころは運動会が近づくと、学校だけでなく自宅でも走る練習をしていました。

「小さい頃は運動会に向けて、家で走る練習してた。」

Seventeen

小学校では選抜リレーの選手に選ばれるようになり、運動会では陸上を習っている子にも負けたくないほど勝負に熱くなっていました。

小学生のころには卓球も習っており、普段は卓球部ではないのに、大会の際だけ声をかけられて参加したこともあったそうです。

ほかにも水泳やフリースタイルフットボール、ヒップホップやK-POPダンスなど、体を動かす経験が増えていきました。

料理上手な母に憧れ、小学生からキッチンに立つ

家では、料理が上手な母親の姿も身近にありました。

Seventeenでは、母親に憧れたことをきっかけに、小学生のころから自分でも料理をするようになったと紹介されています。

家族や友人の誕生日、季節のイベントなどには手作りすることもあり、その後はアイシングクッキーやチーズパスタ、いちご飴など料理の幅も広がっていきました。

家族で横浜FCを応援していた

家族との時間でもう一つ、その後の仕事へ直接つながったものがサッカーでした。

堀口家では家族で横浜FCを応援しており、試合を見ることは芸能活動を始める前から身近な楽しみの一つでした。

この時点では一人のサポーターでしたが、数年後には自身がスタジアムでマイクを持つことになります。

家族情報

公開情報で確認できている家族について、続柄・職業・補足・出典を整理しています。

父

父がInstagramへ投稿した写真が本人のデビューのきっかけになった。氏名・職業など未確認情報は登録しない。

信頼できる媒体 出典を見る

父親のインスタに載った写真が11〜12歳の進路を変えた

小学校高学年になると、芸能の仕事につながる出来事が少しずつ起こり始めます。

最初から特定の芸能事務所へ入り俳優を目指したわけではなく、街で声をかけられたり、SNSを見た人から連絡が届いたりと、入口は一つではありませんでした。

初めて訪れた原宿でスカウトされた11歳

11歳のころ、初めて原宿へ連れて行ってもらった際にはスカウトを経験しています。

本人は初めて行った原宿で突然声をかけられたことに驚いたと振り返っており、このころから芸能の世界と接点が生まれ始めていました。

オーディションを受けることもあり、モデルという仕事には少しずつ興味を持つようになっていきます。

父親のInstagramを見た会社からDMが届く

その後、芸能活動へつながる具体的な話が届いたきっかけは、父親のInstagramでした。

「父が何気なく私の写真をインスタグラムにポンってあげた」

Deview

その写真を見たライブ配信会社から連絡があり、家族の日常として投稿された写真が、仕事につながる最初の具体的なきっかけになりました。

小学6年でライブ配信を始め、コメントを読んだりダンスを踊ったりした

声をかけられたあと、小学6年生だった堀口真帆さんはライブ配信を始めます。

配信では小学生らしく会話をしたり、視聴者から届くコメントを読んだり、好きだったダンスをその場で踊ったりしていました。

「結構、自由な配信をしてましたね」

デイリースポーツ

小学6年生で始めた配信活動は、翌年の『Popteen』オーディションへ進む足がかりになりました。

人生年表 堀口真帆さんの歩み
幼少期
育った場所・環境

子どものころから運動が好きで、運動会前には家でも走る練習をし、小学校では選抜リレーの選手を務めた。卓球や水泳、ダンスなどにも取り組んでいた。

Deview|堀口真帆インタビュー
幼少期
堀口真帆の生い立ちと家族|運動好きだった東京都の子ども時代

堀口真帆さんは2008年10月10日生まれ、東京都出身です。

小学校
運動会のため家でも走り、小学校から毎年リレー選手に選ばれた

子どものころは運動会が近づくと、学校だけでなく自宅でも走る練習をしていました。

中学校
モデル撮影とスタジアムで話す仕事を並行した中学時代

2022シーズンから横浜FCのホームゲームに関わり、その後も2023年、2024年とスタジアムアシスタントMCを続けました。

高校
中学2〜3年で俳優志望へ|映画と高校受験が重なった時期

モデルとして活動する一方、中学生になると家で映画やドラマを見る機会が増えていきました。

原点
現在の道へ進んだきっかけ

小学生のころ、父が何気なくInstagramへ投稿した本人の写真を見た関係者から声をかけられたことがデビューのきっかけ。

Deview|堀口真帆インタビュー
原点
2021年7月、Popteenで念願のモデルデビュー

2021年3月ごろから、LINE LIVEと『Popteen』による「Popteenレギュモ&ミディモオーディション」が進んでいました。

中学1年でPopteenモデルへ|13歳で横浜FCのMCも始まる

2021年に中学生になると、ライブ配信の先にあったモデルの仕事が具体的に動き始めます。

その一方で、家族で応援してきたサッカークラブとの縁も生まれ、雑誌撮影とはまったく違う仕事を経験することになりました。

2021年7月、Popteenで念願のモデルデビュー

2021年3月ごろから、LINE LIVEと『Popteen』による「Popteenレギュモ&ミディモオーディション」が進んでいました。

その途中の5月にはライブ配信イベントで1位となり、飲食店「アリスのファンタジーレストラン」の公式アンバサダーに選ばれ、自身が監修したメニューも登場しています。

そしてライブ配信選考と最終審査を通過し、2021年7月の発表で、『Popteen』のミディアムモデルとしてデビューしました。

当時は12歳から13歳になる中学1年生で、ライブ配信を始めてから半年ほどで雑誌モデルの仕事へ進んだことになります。

家族で好きだった横浜FCからスタジアムアシスタントMCの話が届く

モデルデビューから約半年後の2022年1月、横浜FCは堀口真帆さんをスタジアムアシスタントMCに起用すると発表しました。

就任発表時は13歳で、本人にとって横浜FCは仕事で初めて知ったクラブではありませんでした。

「家族で横浜FCが大好きなので、本当に嬉しいです!!」

横浜FC

家族で観戦していたクラブで、今度は自分がスタジアムから情報を伝える側になりました。

モデル撮影とスタジアムで話す仕事を並行した中学時代

2022シーズンから横浜FCのホームゲームに関わり、その後も2023年、2024年とスタジアムアシスタントMCを続けました。

雑誌ではカメラの前に立ち、スタジアムではサポーターへ向けてマイクを持つという異なる経験を、中学生のころから並行する生活になりました。

もともと好きだったダンスやスポーツに加え、この時期は人前で話す仕事も継続的な活動の一つになっていきます。

中学2〜3年で俳優志望へ|映画と高校受験が重なった時期

モデルとして活動する一方、中学生になると家で映画やドラマを見る機会が増えていきました。

見る側として触れていた芝居への興味が強まり、モデルだけではなかった現在の仕事の方向が少しずつ形になります。

家で映画やドラマを見るうちに芝居へ興味を持った

コロナ禍には自宅で過ごす時間が増え、それまで以上に映画やドラマを見るようになりました。

そこで俳優の演技を見るうちに、自分も芝居をしてみたいという気持ちが生まれていったと本人は話しています。

幼いころからモデルへの興味はありましたが、俳優という仕事が具体的な選択肢になったのはこの時期でした。

中学2年でコンテンツ・スリーに所属

中学2年生のころ、現在も所属する芸能事務所コンテンツ・スリーの社長と出会います。

モデルだけでなく芝居もやりたいと伝えたうえで所属し、演技レッスンを受けるようになりました。

オーディション前にはマネージャーと練習することもあり、中学2年から「俳優になるための準備」が日常の中へ入ってきました。

受験期に『ビリギャル』を観て俳優への思いが強くなった

中学3年生になると、高校受験と芸能活動をどう両立するかを考える時期を迎えます。

その受験期に観た作品の一つが、有村架純さん主演の『映画 ビリギャル』でした。

「有村架純さんのように、自分もお芝居をしてみたいと思うようになりました。」

シネマトゥデイ

受験勉強をする主人公を描いた映画を、自分自身も高校受験へ向かっている時期に見たことになります。

事務所も仕事より高校受験を優先した

中学3年の受験期には、事務所の方針もあり芸能の仕事をいったん休んで勉強へ集中しました。

事務所社長からは人生の中で成功体験を知っておいたほうがいいという考えを伝えられ、オーディションを優先するのではなく高校受験へ向かいます。

モデルやMCを始めたあとでも、中学3年の最後には受験勉強だけに集中する期間が作られました。

高校進学後に転校|学生生活と芸能活動が大きく動き始める

受験を終えた2024年春、堀口真帆さんは高校生活を始めます。

芸能活動も再開し、学校へ通いながら中学時代より人に知られる機会が増えていきました。

受験して公立高校へ進学した

高校受験を終え、最初に進学したのは公立高校でした。

学校名そのものは本人の公表情報では明らかにされていませんが、受験をして公立高校へ進学した経緯は本人が具体的に語っています。

中学時代は制服のスカートが膝下で、メイクもできなかったそうで、高校へ入ったことで学生生活にも変化がありました。

『キミとオオカミくんには騙されない』で名前が広がる

高校1年だった2024年8月からは、ABEMAの『キミとオオカミくんには騙されない』へ「まほち」として出演しました。

それまでのモデルやスタジアムMCとは異なり、自分自身として長くカメラに映る番組への出演となり、堀口真帆さんを知る人が増えるきっかけの一つになりました。

同じ時期にも横浜FCのスタジアムアシスタントMCは続けており、学校、番組、スタジアムという複数の場所を行き来していました。

仕事の都合で高校1年の2学期から転校

仕事が増えるなか、高校1年の2学期には学校を移ることになります。

「受験して公立高校に進学したんですが、お仕事の都合で2学期から転校しました。」

日刊ゲンダイDIGITAL

転校先には芸能活動をしている生徒も多く、クラスメートでありながら芸能の世界ではライバルかもしれないと感じることもあったそうです。

公立高校へ合格した数か月後、芸能活動との両立を理由に高校を転校するという変化が起きました。

中学時代の友人と遊ぶ時間も残していた

学校が変わり仕事も増えましたが、プライベートでは中学時代の友人との付き合いが続いていました。

友人とプリクラを撮って遊ぶ時間が好きで、当時は制服で東京ディズニーリゾートへ行ってみたいとも話しています。

また、マンションで育ったこともあって住宅を見るのが好きになり、夜の散歩で家を眺めることがあるという、高校生らしい仕事以外の日常も明かしていました。

高校時代にモデルから俳優へ|大きな芝居の現場に入る

高校へ入ってからは、人前に出る仕事の種類がさらに増えていきました。

モデルやテレビでは自分自身を見せる一方、俳優の現場では台本の中の人物を演じる時間が本格的に始まります。

グラビアやテレビで「自分を出す」表現も経験

高校時代には雑誌のグラビアやバラエティー、情報番組などにも活動の幅を広げました。

2025年4月からは『めざましテレビ』のイマドキガールも担当し、トレンド情報を自分の言葉で紹介する仕事が加わります。

横浜FCでも2025シーズンからアシスタントではなくスタジアムMCを任され、13歳から続けてきたマイクの仕事でも役割が変わりました。

高校2年になるころには、モデル、テレビ、スタジアムMC、俳優という複数の仕事が同時に進む状態になっていました。

初めて本気で悔しさを感じた大きな撮影現場

2025年夏の本人インタビューでは、それまでほとんど演技経験がなかったなか、毎日のように撮影が続く大きな作品へ参加していることを明かしています。

現場では芝居について分からないことを一つずつ学び、それまで経験したことがないほど悔しいと感じる日もありました。

それと同時に演じる楽しさも感じ、俳優の仕事を本気で頑張りたいと思うほど気持ちが動いた撮影になったと語っています。

『仮面ライダーゼッツ』ねむ役と『あんぱん』出演が続けて明らかに

2025年8月7日には、『仮面ライダーゼッツ』でヒロインのねむを演じることが発表されました。

連続作品で本格的に芝居へ取り組む大きな役となり、中学時代から抱いていた俳優への思いが具体的な仕事になります。

その直後の8月15日から18日にかけては、NHK連続テレビ小説『あんぱん』にも出演し、今田美桜さんが演じる柳井のぶの仕事先の同僚役として登場しました。

自分より上の世代を演じるため、当時の時代背景などを調べながら役作りをしたことも明かしています。

同じ2025年夏にはミスセブンティーン2025の選考にも進んでおり、Seventeen公式Instagramではファッション撮影に挑戦する姿が公開されました。

そして9月7日から『仮面ライダーゼッツ』の放送が始まり、高校2年の秋には、俳優として毎週テレビドラマに登場する生活へ入っていきました。

Seventeenモデルになった現在|子どものころから好きだったことも続いている

俳優の仕事が本格化した2025年秋には、モデルとしても新しい節目を迎えました。

その後2026年に高校3年生となってからも、モデルと芝居を一方に絞らず両方の活動を続けています。

2025年にミスセブンティーンへ、専属モデルになる

2025年10月18日、Rakuten GirlsAward 2025 AUTUMN/WINTERでミスセブンティーン2025の結果が発表され、堀口真帆さんは6人の新モデルの一人に選ばれました。

本人にとって『Seventeen』は、応募するために初めて読んだ雑誌ではありませんでした。

「Seventeenは中学生の頃から愛読していた大好きな雑誌」

Seventeen

中学生のころ読んでいた雑誌に、2025年10月から専属モデルとして加わりました。

料理・スポーツ・モデル・芝居が並ぶ現在の活動

2025シーズンを終えると、中学生のころから4年間関わった横浜FCのスタジアムMCを卒業しました。

卒業後も本人は一人のファンとして横浜FCを応援するとしており、家族で好きだったサッカーとの関わりそのものが終わったわけではありません。

また、小学生から続けてきた料理は現在も趣味・特技としてプロフィールに残り、食べたい料理があれば自分でレシピを調べて作っています。

無水カレーやヤンニョムチキン、お菓子作りまで手がけるようになり、子どものころ母親を見て始めた習慣が高校生活の中でも続いています。

俳優としては2026年7月スタートの『GTO』で芦田綾乃役を演じ、同じSeventeenモデルの梶原叶渚さんとも共演しました。

モデルと俳優の「二刀流」を目指している

堀口真帆さんが今後の目標として挙げているのは、どちらか一方へ絞ることではなく、モデルと俳優の「二刀流」で活動していくことです。

2026年現在はSeventeen専属モデルとして撮影に臨みながら、『仮面ライダーゼッツ』や『GTO』など俳優の現場にも立っています。

小学生のころに父親のInstagramから始まった芸能活動は、ライブ配信を経てモデルの仕事へ進みました。

中学時代には横浜FCのマイクと演技レッスンが加わり、高校では受験や転校を挟みながら本格的な芝居の現場へ入りました。

現在は、子どものころから続く料理やスポーツとのつながりも残したまま、モデルと俳優の両方で活動しています。

参考・出典 この記事で参照した主な資料
正本DB確認日:2026-09-15

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