うじとうえだ上田は何者?顔・本名と生い立ち、家族や高校から京都大学・放送作家まで

うじとうえだ上田
ひと目でわかるプロフィール うじとうえだ上田
うえだ
出身地
大阪府
生まれ年代
1990年代生まれ
活動ジャンル
放送作家
性別
男性
キャリアの原点
養成・修業

YouTube「うじとうえだ」で、ブチギレ氏原さんやサカモトさんにカメラの後ろから声をかけ、ときには会話の中心まで入ってくる上田さん。

現在は「うじとうえだ」の企画・編集・撮影を担当する一方、本人のXでは『ゴッドタン』『あちこちオードリー』『BSノブロック』に携わる放送作家でもあることを明かしています。

本人はSNSやYouTubeで基本的に「上田」と名乗っていますが、担当番組として挙げている『あちこちオードリー』の公式記録には構成として「上田源嗣」の名前があり、日本脚本家連盟にも同名の加入記録があります。

仕事上の氏名として「上田源嗣」と一致する公式資料は複数ありますが、本人が「これが本名」と明言した一次資料までは確認できていません。

身長についても181cmとする二次情報はあるものの、本人の公式X・Instagram・YouTubeプロフィールには数値の記載がなく、現時点で確定情報とは言い切れません。

「企画・編集・カメラやってます。テロップ水色の方。」

上田さん公式X

普段は撮る側にいることが多い上田さんですが、顔を隠して活動しているわけではなく、本人Xには顔がはっきり分かる写真も公開されています。

現在の仕事から時間を戻してみると、上田さんは京都大学に在学していたころからテレビの企画を送り始め、やがて吉本興業のスタッフ養成校、YouTube撮影、テレビ番組の構成へと活動の場所を広げていきました。

うじとうえだ・上田の生い立ちと家族|高校から京都大学へ

上田さんについて公表されている経歴は、幼少期よりも学生時代以降の情報が中心です。

そのため、生まれた場所や家庭環境を推測で埋めるのではなく、確認できるところから順番にたどっていきます。

出身・地元と家族|子ども時代に分かっていること

上田さんは、本人のXやInstagram、現在のYouTubeプロフィールで、出生地や詳しい地元を公表していません。

父親・母親・兄弟姉妹についても、家族構成を確定できる公式プロフィールや本人発言は見当たらず、幼少期に誰と暮らしていたのか、どんな家庭で育ったのかという具体的な話は、現在まで表に出ている情報がかなり限られています。

「大阪出身」とする二次情報もありますが、出生地と育った場所を分けて確認できる一次資料がないため、市町村まで含めた出身地は断定できません。

一方、後に分かる学生時代の動きを見ると、上田さんの経歴が具体的に追えるようになるのは、京都大学と大阪YCCに関わる時期からです。

出身高校はどこ?高津高校説は事実か

上田さんの出身高校については、大阪府立高津高校という学校名を記した二次情報があります。

ただし、本人の公式SNS、出演動画の公式プロフィール、学校側の公開資料などで、高津高校出身と確認できる一次情報は見つかっていません。

現時点では「高津高校出身」と確定させる根拠はなく、出身高校は公表確認できていない情報として扱うのが正確です。

高校時代の部活動、友人関係、放課後の過ごし方についても具体的な本人談はほとんど表に出ておらず、高校生活から突然テレビ業界へ進んだと説明できる材料もありません。

京都大学へ進学|学部と学生生活

大学については、高校とは情報の確度が大きく変わります。

佐久間宣行さんらが出演する「BSノブロック〜新橋ヘロヘロ団〜」では、上田さんが繰り返し「京大出身」の作家として紹介されています。

2024年の番組動画の概要欄にも「作家上田 京大出身」と明記されているため、京都大学出身であることは公式に近い番組資料から確認できます。

ただし、京都大学の学部・学科については、本人や大学が確認できる形で公表した資料を確認できません。

大学でどのサークルに所属していたのか、キャンパスでどんな生活を送っていたのかといった細かな学生生活も公開情報は少ない一方、この時期にはすでに将来の仕事につながる行動を始めていました。

学生時代、佐久間宣行へ毎月企画を送り続ける

上田さんの学生時代で最も具体的に残っているのが、テレビプロデューサーの佐久間宣行さんへ企画を送っていた話です。

「BSノブロック〜新橋ヘロヘロ団〜」の公式動画概要では、上田さんについて「学生時代佐久間Pに毎月企画を送り続けた」人物と紹介されています。

まだ佐久間さんの番組で構成を担当する前の学生時代から、毎月のように企画を作り、直接送り続けていたことになります。

2024年11月に公開された「BSノブロック」の放送作家・大井洋一さんとの飲み企画には「上田が放送作家になった経緯」というチャプターもあり、上田さん自身がこのころの動きを話題にしています。

大学名だけを見ると学歴の話で終わりますが、上田さんの場合、その在学期に残っている具体的な行動は企画を書くことと、それを業界の相手へ送り続けることでした。

放送作家を目指した時期|YCCで怪物くんと出会う

テレビ業界へ近づくための動きは、佐久間さんへ企画を送ることだけではありませんでした。

大学生活と重なるとみられる20代前半、上田さんは吉本興業のスタッフ養成校YCC(よしもとクリエイティブカレッジ)大阪校に在籍していました。

21歳ごろ、吉本の合同合宿で怪物くんと同じ班に

上田さんと怪物くんの最初の接点は、後にYouTubeを一緒に始めたころではなく、養成所時代までさかのぼります。

二人が出会いを振り返った動画によると、当時の怪物くんは東京NSC、上田さんは大阪YCCに在籍し、東京・大阪の養成所が参加する合同合宿へ参加していました。

二人の説明では参加者は全体で約1000人にのぼり、30班ほどに分かれたなかで、怪物くんと上田さんが偶然同じ班になったとされています。

当時は21歳ごろで、そこで連絡先を交換したものの、怪物くんは東京、上田さんは大阪と活動拠点が別だったため、合宿後はいったんそれぞれの生活へ戻りました。

大阪YCCから東京へ|作家を目指して上京

合同合宿のあと、上田さんは大阪YCCでスタッフ・作家側の勉強を続け、やがて放送作家の仕事を目指して東京へ移りました。

上京した正確な年月や、東京で最初に担当した仕事までは公表資料から特定できませんが、この移動によって、学生時代に企画を送っていたテレビの現場と、養成所で知り合った怪物くんの両方が生活圏の中へ入ってきます。

ここでも、就職先が決まって突然作家になったというより、企画書を送る時期とYCCで学ぶ時期を経て、東京で仕事を探すという段階を踏んでいました。

東京で再会し、怪物くんの撮影を手伝い始める

東京へ移ったあと、上田さんは養成所の合宿で知り合った怪物くんと再会します。

怪物くんは当時、仲間とYouTube活動をしており、上田さんはその撮影をときどき手伝うようになりました。

最初から自分が前に出るチャンネルを作ったわけではなく、友人の活動をカメラで撮るところからYouTube制作との接点が増えていったのが、この時期の上田さんです。

その後、怪物くん側の活動形態が変わるなかで、二人は改めて一緒にYouTubeを始めることになります。

人生年表 うじとうえだ上田さんの歩み
幼少期
うじとうえだ・上田の生い立ちと家族|高校から京都大学へ

上田さんについて公表されている経歴は、幼少期よりも学生時代以降の情報が中心です。

幼少期
出身・地元と家族|子ども時代に分かっていること

上田さんは、本人のXやInstagram、現在のYouTubeプロフィールで、出生地や詳しい地元を公表していません。

高校
出身高校はどこ?高津高校説は事実か

上田さんの出身高校については、大阪府立高津高校という学校名を記した二次情報があります。

学生時代
京都大学へ進学|学部と学生生活

大学については、高校とは情報の確度が大きく変わります。

学生時代
学生時代、佐久間宣行へ毎月企画を送り続ける

上田さんの学生時代で最も具体的に残っているのが、テレビプロデューサーの佐久間宣行さんへ企画を送っていた話です。

現在
2024年「うじとうえだ」へ|企画・撮影・編集を担う現在まで

2024年になると、怪物くんのカメラマンとして知られていた上田さんに、新しいYouTubeの軸ができます。

2020年代前半|「怪物くん」とテレビの放送作家を並行する

2020年に入ると、上田さんの仕事はテレビの企画・構成だけでなく、YouTubeの撮影と編集でも具体的に見えるようになります。

現在の「うじとうえだ」で担っている三つの役割のうち、カメラと編集はこの時期から継続して確認できます。

2020年、「怪物くん」でカメラ・編集を担当

2020年5月、YouTubeチャンネル「怪物くん」が始まりました。

チャンネルでは怪物くんの日常や食事、酒、友人とのやり取りなどが撮られ、上田さんは「友達の上田」としてカメラマン・編集を担当しました。

画面の中心は怪物くんでも、撮影者の上田さんの声やツッコミが会話へ入るため、完全に無言の裏方ではありませんでした。

撮影した素材を持ち帰って編集し、次の公開へ進める作業も上田さん側にあり、2022年には本人Xへ編集画面を写した投稿も残っています。

テレビの放送作家を目指して東京へ来た上田さんが、同時にYouTubeでは撮影と編集を実地で積み重ねていた時期です。

2021年、『あちこちオードリー』の構成に「上田源嗣」の名前

テレビ側の仕事を公式記録で追うと、2021年6月9日放送のテレビ東京『あちこちオードリー』に、構成スタッフとして上田源嗣の名前があります。

放送ライブラリーの公式記録では、この回のプロデューサーが佐久間宣行さん、構成の一人が上田源嗣さんと明記されています。

現在の上田さん自身も『あちこちオードリー』を担当番組としてプロフィールに挙げているため、仕事上の氏名として「上田源嗣」と結び付く材料はここでも確認できます。

学生時代に企画を送り続けていた佐久間さんと、今度は同じ番組のスタッフ欄に並ぶところまで仕事が進んでいました。

ただし、「上田源嗣」が戸籍上の本名なのか、仕事で使う氏名なのかについては、本人からの明言が確認できないため、本名と断定はしません。

2022年、日本脚本家連盟に「上田源嗣」が加入

翌2022年4月13日には、日本脚本家連盟の新加入者として「上田 源嗣(うえだ げんじ)」が記録されています。

『あちこちオードリー』の構成クレジットと同じ漢字・読みで、テレビ番組の構成作家として仕事を続けていた時期とも重なります。

このころも「怪物くん」の撮影・編集は続いており、上田さん本人のXには撮影先や次回動画を知らせる投稿が残っています。

テレビの構成作家とYouTubeのカメラ・編集は、どちらかを終えて次へ移ったのではなく、並行して続いていました。

『ゴッドタン』『BSノブロック』など仕事の場が広がる

その後、本人のプロフィールに並ぶ担当番組は『ゴッドタン』『あちこちオードリー』『BSノブロック』となり、佐久間宣行さん周辺のバラエティ制作で仕事を続けています。

『BSノブロック〜新橋ヘロヘロ団〜』では、スタッフ欄の名前だけでなく「作家上田」として企画本編にも登場するようになりました。

番組概要で「京大出身」「学生時代佐久間Pに毎月企画を送り続けた」と紹介されているのも、この「作家上田」です。

2024年のテレビ東京『愛の口喧嘩』でも、公式サイトのスタッフ欄に「構成:オークラ、上田源嗣」と記載され、企画・総合プロデューサーには佐久間さんの名前があります。

学生時代の企画書、テレビ番組の構成、YouTubeの撮影・編集という複数の仕事が、2024年まで同時に続いていました。

2024年「うじとうえだ」へ|企画・撮影・編集を担う現在まで

2024年になると、怪物くんのカメラマンとして知られていた上田さんに、新しいYouTubeの軸ができます。

そのチャンネルが、ブチギレ氏原さんとの「うじとうえだ」です。

「怪物くん」から新チャンネル開始を報告

「うじとうえだ」のYouTubeチャンネルは2024年8月29日に開設され、9月から本格的に動画が公開されました。

9月6日には「怪物くん」で「上田からのご報告です」という動画が公開され、概要欄から新チャンネル「うじとうえだ」が案内されています。

この時点の案内には「引き続き怪物くんチャンネルでも、定期的に動画は公開する予定」とも記されており、少なくとも新チャンネルの告知時点では、怪物くん側の動画も続ける形で発表されていました。

その3日後、上田さんは新チャンネルのロゴについて本人Xへ投稿しています。

ここから上田さんは、別の出演者を撮るカメラマンというだけでなく、自分の名前が入ったチャンネルの企画・編集・撮影を担う立場になります。

氏原・サカモトとの旅動画で企画・撮影・編集を担当

「うじとうえだ」では、元芸人のブチギレ氏原さんと上田さんを軸に、氏原さんの元相方サカモトさんらも加わり、国内外の旅行や飲食を長尺で撮る動画が中心になりました。

公式動画の概要欄では、上田さんは「カメラマン」と記され、放送作家・企画・編集・撮影担当と紹介されています。

画面に映っている時間が短い回でも、上田さんの声はカメラの位置から入り、氏原さんやサカモトさんとの会話そのものが動画を進めます。

同時に、撮り終えた長時間の素材を公開用にまとめる編集も担当し、本人Xでは公開前の編集作業を知らせる投稿が何度も出ています。

公式Instagramのプロフィールにも「編集の進捗、撮影の状況はストーリーにあげてます」とあり、公開日が近づくと制作途中の様子も本人側から発信されています。

2026年に入っても1時間半から2時間を超える旅動画が公開されており、放送作家の仕事と並行して、企画から撮影、編集までを継続して担当しています。

2月22日の「昭和旅行」は1時間53分、4月2日のベトナム旅行は1時間58分で、一本の旅を短いダイジェストにせず、移動中や食事中の会話まで長く残す動画が続いています。

チャンネル概要では投稿日を毎月1日・11日・21日と案内しており、月3本を軸にした更新ペースです。

開設1か月で10万人、2026年9月に100万人へ

チャンネルの伸びは、スタート直後から数字にも表れました。

サイバーエージェントグループのタップルが2026年2月に発表した資料では、「うじとうえだ」は2024年9月の開設からわずか1か月で登録者10万人を突破したチャンネルとして紹介されています。

同資料では、当時すでに動画の平均再生数が150万回を超え、旅行中の3人の会話を長尺で見せるスタイルが続いていました。

さらに2026年9月3日、YouTubeランキングサイト「ユーチュラ」の当日データでは、チャンネル登録者数が100万人に到達しています。

2024年8月29日のチャンネル開設から約2年で、登録者数は100万人まで増えました。

同日のデータでは動画数306本、累計再生回数は3億3600万回を超えており、長尺の通常動画を中心に公開を積み重ねています。

かつて企画を送った佐久間宣行から評価されるチャンネルに

2026年3月、テレビ朝日『MEGUMIママのいるBar』に出演した佐久間宣行さんは、最近嫉妬したコンテンツを聞かれ、「うじとうえだ」の名前を挙げました。

「今、たぶん日本で一番見られているYouTubeの1つ」

スポニチアネックス

佐久間さんは、氏原さん・サカモトさん・上田さんの旅行動画を説明したうえで、会話を引き出している上田さんについても言及しています。

「その上田の手腕が凄くて」

スポニチアネックス

学生時代に毎月企画を送っていた相手は、2021年には同じテレビ番組を作るプロデューサーになり、2026年には上田さんが制作するYouTubeを公の場で評価する存在になっていました。

公表されている幼少期や家族の情報は多くありませんが、京都大学時代にはすでにテレビへ企画を送り始めていました。

YCCで怪物くんと出会い、撮影・編集とテレビの構成を並行した時期を経て、2024年には「うじとうえだ」が始まりました。

2026年9月に登録者100万人へ達した現在も、本人が掲げる役割は企画・編集・カメラ、そして放送作家です。

参考・出典 この記事で参照した主な資料

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