YouTube「うじとうえだ」で、氏原さんや上田さんと一緒に旅をしたり、独特の発言で二人を困惑させたりするサカモトさん。
本名は坂本隆行(さかもと たかゆき)さんで、1988年8月10日生まれ、静岡県浜松市出身です。
2026年9月現在は38歳ですが、現在のYouTubeで初めて知った人には、長くお笑い芸人をしていた経歴のほうが意外かもしれません。
氏原さんとの関係は「うじとうえだ」が始まる20年近く前、中学生だったころまでさかのぼります。
高校で一度はコンビ結成を断り、大学進学で上京してから再会し、俳優を目指していたところを再び誘われて芸人になるという道を歩いてきました。
うじとうえだ・サカモトの生い立ちと家族|静岡県浜松市で過ごした子ども時代
サカモトさんが生まれ育ったのは静岡県浜松市です。
M-1グランプリ公式やWEBザテレビジョンにも静岡県・浜松市出身と記載されており、現在も地元とのつながりがたびたび活動の中に登場します。
父から教わった将棋|子ども時代の家族について確認できること
家族構成については、姉や兄がいる4人きょうだいの末っ子とする紹介もありますが、本人の現行プロフィールでは詳しい家族構成までは公表されていません。
一方、本人が自分の言葉で残している家族との思い出が、父親と将棋を指した子ども時代です。
2019年、若手お笑いライブ「モータースLIVE」の公式ブログに登場したサカモトさんは、大人になって再び将棋に熱中していることを明かし、その始まりを父親との時間までさかのぼっていました。
「子供の頃から親父に教わって将棋をやっていた」
モータースLIVE
子どものころ父親に教えてもらった将棋は、大人になってから初段を目指すほど再び夢中になる趣味になりました。
現在の公式プロフィールにも、サッカーやピアノ、クラシック音楽と並んで将棋が趣味として残っています。
中学3年ごろ、氏原から届いた最初のメールを無視していた
現在の活動を語るうえで欠かせない氏原真一さんとの接点ができたのは、中学3年生のころでした。
氏原さんによると、サカモトさんは自分の幼なじみのさらに幼なじみで、共通の知人から「通っている塾にサカモトが来る」と聞いたことがきっかけだったそうです。
そこで連絡先を教えてもらった氏原さんが挨拶のメールを送ったのですが、返事はありませんでした。
「こいつ無視したんですよ。」
GetNavi web
今では長年一緒に活動する二人ですが、最初の連絡はサカモトさんから返信すらないところから始まっています。
サカモトの高校時代|氏原と同じ工業高校で過ごした3年間
中学時代に接点ができた二人は、その後同じ工業高校へ進みました。
サカモトさんの出身校として紹介されているのは静岡県立浜松工業高等学校で、本人同席のインタビューでも工業高校の電機科だったことが語られています。
電機科へ進み、氏原と高校の同級生になった
工業高校では電機科に在籍し、氏原さんと同じクラスで過ごす時間が増えていきました。
現在の二人からは長年一緒に活動してきた相方という印象を受けますが、高校時代のサカモトさんは、氏原さんからかなり独特な人物として記憶されています。
氏原さんは、当時のサカモトさんについて、日常の細かな行動が積み重なって周囲から「卑怯者」と呼ばれていたと話しています。
文化祭でクラスが団結するなか、一人で漢検を勉強していた
その高校時代を伝える場面の一つが、文化祭の準備です。
クラスでは、男女の相性を組み合わせる企画に使う電光掲示式のテーブルを作ることになり、普段は別々に行動する生徒たちも一緒になって作業していました。
ところがサカモトさんは制作に加わらず、氏原さんによれば一人で漢字検定の勉強をしていたそうです。
クラス全体が文化祭の制作をしている横で、自分だけ漢検の勉強をしているという高校生でした。
その一方で、サカモトさん本人には「卑怯者」と呼ばれていた記憶がほとんど残っていませんでした。
「いや、覚えてないですね。『犬』とは呼ばれていたけど。」
GetNavi web
氏原さんによれば、同級生には「鳥」と呼ばれる生徒もいて、二人がセットのように扱われていた時期もあったそうです。
氏原から最初にコンビへ誘われたが、高校時代は断った
氏原さんは高校生の時点ですでにお笑いをしており、そのころ一度、サカモトさんを相方に誘っています。
コンビ相手として目をつけた理由も、氏原さんはかなり簡潔に説明しています。
「顔が整っていて、明るいヤツだから。それだけです。」
GetNavi web
しかし、高校時代のサカモトさんはこの誘いを断りました。
ここでは二人はコンビにならず、それぞれ大学進学という次の道へ進みます。
サッカーは現在のプロフィールにも残る特技
同じ趣味や特技を持つ人物へ横断できます。
学生時代のサカモトさんを語る情報では、サッカーの経歴もたびたび登場します。
所属チームなど細部には資料による違いがありますが、現在のWEBザテレビジョンのプロフィールにもサッカーが趣味・特技として記載されています。
高校を卒業すると、サカモトさんは浜松を離れて東京へ向かいました。
サカモトさんが生まれ育ったのは静岡県浜松市です。
家族構成については、姉や兄がいる4人きょうだいの末っ子とする紹介もありますが、本人の現行プロフィールでは詳しい家族構成までは公表されていません。
中学時代に接点ができた二人は、その後同じ工業高校へ進みました。
工業高校では電機科に在籍し、氏原さんと同じクラスで過ごす時間が増えていきました。
氏原さんは高校生の時点ですでにお笑いをしており、そのころ一度、サカモトさんを相方に誘っています。
高校卒業後、サカモトさんと氏原さんはそれぞれ大学進学のため上京しました。
サカモトさんの出身大学として広く紹介されているのは帝京平成大学です。
学生時代のサカモトさんを語る情報では、サッカーの経歴もたびたび登場します。
大学進学と若い頃|ホスト経験を経て俳優志望へ
高校卒業後、サカモトさんと氏原さんはそれぞれ大学進学のため上京しました。
高校時代には成立しなかった二人のコンビが、東京で再び動き始めます。
大学は帝京平成大学と紹介されている
サカモトさんの出身大学として広く紹介されているのは帝京平成大学です。
本人の現行公式プロフィールには大学名まで掲載されていませんが、2026年には「サカモト担。」で大学時代の思い出が残る千葉県を本人が巡る企画も公開されています。
大学時代のことを知るうえでは、学校名だけを見るより、後年本人が当時過ごした場所へ戻っていることのほうが具体的な手がかりになります。
柔道整復師の国家資格を持つという情報はどこまで確認できる?
大学について調べると、医療系の分野へ進み、柔道整復師の国家資格を取得したという情報も複数見つかります。
ただし、M-1グランプリ公式や現在の所属会社、WEBザテレビジョンなどのプロフィールでは、柔道整復師の資格は明記されていません。
そのため、大学時代の資格については「柔道整復師を取得したと紹介されている」というところまでにとどめるのが事実関係としては安全です。
資格取得時の詳しい勉強方法や実習、卒業後に柔道整復師として勤務した経歴についても、公的なプロフィールからは確認できません。
若い頃にはホストとして働いた経験もあった
一方、若いころの仕事については、旧芸人プロフィールに「元ホストの坂本」という記載が残っています。
現在の姿から後付けされた噂ではなく、ヒサトモ時代から紹介されていた経歴です。
ただし、働いていた店名や勤務期間、大学生活とどの程度重なっていたのかまでは明らかにされていません。
職業名だけを見ると芸人とはかなり離れていますが、この時点でもサカモトさんはお笑い一本に進路を決めていたわけではありませんでした。
俳優を目指していた時期に氏原と東京で再会した
大学進学後、東京で再会した二人の間に、もう一度コンビの話が出ます。
氏原さんの目に入ったのは、サカモトさんが持っていた俳優のオーディション雑誌でした。
高校では芸人への誘いを断ったサカモトさんが、このころは俳優として表に出る道を考えていました。
そこで氏原さんが再び声をかけます。
「俳優になるなら、芸人にしない?」
GetNavi web
二度目の誘いで、サカモトさんは氏原さんとコンビを組むことになりました。
氏原とコンビを結成|養成所へ行かず芸人になった
コンビ結成を決めた二人は、一般的なお笑い養成所へ通うところから始めたわけではありませんでした。
まずフリーのお笑いライブへ出ながら、所属できる芸能事務所を探していきます。
フリーライブへ出演しながら所属事務所を探した
氏原さんによると、二人は養成所に通わなくても入れる事務所を探していました。
ライブ出演を続けた結果、芸人やタレントが所属するケイダッシュステージへ入ることになります。
学校を卒業して養成所へ入り直したのではなく、実際のライブへ出ながら所属先を見つけて芸人生活が始まりました。
ヒサトモとして活動を始め、後にゴンゴールへ
二人が最初に使っていたコンビ名は「ヒサトモ」です。
結成時期には資料による表記差があり、氏原さんへの2024年のインタビューでは2009年と紹介される一方、M-1グランプリ公式では2010年3月1日が結成年として登録されています。
少なくとも2009年から2010年ごろには二人で芸人活動を始め、その後「ヒサトモ」から「ゴンゴール」へ名前を変えて活動を続けました。
2015年のR-1ぐらんぷり公式予選記録にも「ゴンゴール坂本」の名前が残っています。
芸人時代のサカモト|テレビ・舞台・CMにも出演
ゴンゴールとしての芸人生活は短期間で終わらず、その後10年以上続きました。
漫才やお笑いライブだけでなく、サカモトさん個人では俳優やテレビ出演の仕事も経験しています。
舞台では俳優志望の青年役も演じていた
2010年代前半には、舞台「abc★赤坂ボーイズキャバレー」にも坂本隆行名義で参加しています。
当時の公式ブログでは、演出助手補佐として現場へ入っている俳優志望の青年を演じる坂本さんが紹介されていました。
大学時代には実際に俳優のオーディション誌を手にしていたことを考えると、芸人になったあとも演技の仕事は完全に離れたものではありませんでした。
ドラマやCM、バラエティーへ活動が広がった
旧所属情報では、日本テレビ系ドラマ「理想の息子」や花王「メンズビオレ」のCM出演歴も記録されています。
2016年にはフジテレビ「金曜日の聞きたい女たち」に出演し、公式サイトでは「イケてる男たち」の一人として坂本隆行(芸人)と掲載されました。
2020年にはテレビ朝日の「探シタラTV」「シタランドTV」にも出演しており、氏原さんとは別にサカモトさん個人でテレビへ出る機会もありました。
2019年には紫色のリーゼントで「目立ちたい」
芸人時代のサカモトさんを本人の文章から知ることができるのが、2019年のモータースLIVE公式ブログです。
このころ髪を紫色のリーゼントにしており、その理由を「目立ちたいから」と書いていました。
同じ記事では将棋に再び熱中していることに加えて、もう一つ、後の活動につながる項目を挙げています。
2019年の時点ですでに「youtubeチャンネル模索中」と書いていました。
まだ現在のようにネット動画が活動の中心になる前から、芸人の仕事と並行してYouTubeの使い方を探していた時期がありました。
長い同居生活では仕事と家事の役割も分かれていった
芸人になってからも氏原さんとの関係は仕事だけでは終わらず、二人は長く同じ家で暮らしてきました。
氏原さんは後年、仕事に集中する自分に対して、サカモトさんが掃除など生活面を担う形へ少しずつ分担ができていったと説明しています。
最初からきれいに役割を決めたわけではなく、けんかの中で「せめて何かやれ」という話になり、一つずつ現在の形になったそうです。
芸人からYouTubeへ|GGチャンネルで活動の形が変わる
テレビやライブへ出演する芸人生活が続く一方、2020年代に入ると二人の活動はSNSへ大きく動き始めます。
きっかけになったのは、氏原さんが投稿した「ブチギレ」動画でした。
氏原の「ブチギレ」がSNSで広がり、二人の仕事も変わった
氏原さんがTikTokで、さまざまなものへキレる動画や視聴者のコメントへ即座に返すスタイルを始めると、従来のお笑いライブとは違う場所で反応が広がっていきました。
サカモトさんは前面に立ってキレる役ではなく、その近くで笑ったり、氏原さんからキレられたりする存在としてGGチャンネルに残ります。
2022年にはケイダッシュステージを離れ、二人の活動は芸能事務所所属の芸人から、YouTube・TikTokを中心にした形へ移りました。
現在はNotAverage株式会社の公式サイトでも「ブチギレ氏原&サカモトのGGチャンネル」として掲載されています。
「赤いきつねを買ったらおにぎりは買えない」生活から変化した
ネットで数字が伸びるまでの生活について、サカモトさん自身がかなり具体的に語ったことがあります。
収入が増えて二人で変化を実感したのは、派手な買い物をしたときではなく、コンビニで商品の値段を細かく気にせず買えるようになった瞬間だったそうです。
「赤いきつねで200円使ったらおにぎりなんて買えない……みたいな生活でしたから。」
GetNavi web
ライブへ出続けていた芸人時代と、ネットで多くの人に見られるようになった後では、日常の買い物にも分かるほど変化がありました。
うじとうえだ初登場から現在|サカモト自身が注目されるまで
GGチャンネルで氏原さんの相方として活動を続けていたサカモトさんは、2024年になると別のYouTubeチャンネルにも登場するようになります。
それが放送作家の上田さんと氏原さんが始めた「うじとうえだ」でした。
2024年10月、「うじとうえだ」へ登場した
「うじとうえだ」のYouTubeチャンネルは2024年8月29日に開設され、その後、旅や飲酒企画などの長尺動画を公開していきました。
サカモトさんが登場した初期の動画として確認できるのが、2024年10月11日公開の「タイの反省会で、いろいろバラされる氏原と上田。」です。
長年「氏原さんの相方」として活動してきたサカモトさんが、「うじとうえだ」では一人の出演者として強く見られるようになっていきます。
現在の動画で見える氏原さんとの距離の近さは、このチャンネルで初めて生まれたものではなく、中学・高校時代から続く関係の延長です。
38歳になった現在も、昔からの趣味がプロフィールに残る
サカモトさんは1988年8月10日生まれのため、2026年9月現在は38歳です。
WEBザテレビジョンの現在のプロフィールには、趣味としてサッカー、ピアノ、将棋、クラシック音楽、特技としてサッカーと高橋克典さんのものまねが掲載されています。
子どものころ父親と指していた将棋も含め、テレビやYouTubeとは直接関係のない昔からの要素が現在のプロフィールにも残っています。
2026年には「サカモト担。」でサカモト自身が主役になった
2026年春には、サカモトさんを中心にしたYouTubeチャンネル「サカモト担。」が動き始めました。
本人も2026年4月、自身のXで新チャンネルを告知しています。
チャンネルではファッションや料理、サッカー、大学時代の思い出の場所など、氏原さんの企画とは違う角度からサカモトさん自身を扱う動画が増えました。
芸人になって十数年を経たあと、今度は「相方」ではなくサカモトさん本人を主役にしたチャンネルが作られています。
2026年、氏原と再び「ゴンゴール」の名前でラジオを始めた
さらに2026年8月11日には、二人で「ゴンゴールのゴニョゴニョゴニョ!」というPodcastをスタートしました。
番組の公式紹介でも、ブチギレ氏原さんとサカモトさんの二人組「ゴンゴール」によるラジオとして案内され、音声版とYouTube版が定期配信されています。
2026年9月1日配信の第4回では、サカモトさんの甥から夏休みの「職業インタビュー」を頼まれた話がフリートークの題材になりました。
子どものころの家族について公に語られている内容は多くありませんが、大人になった現在も甥とのやり取りが番組のエピソードとして出てくることが分かります。
高校時代に一度コンビ結成を断った二人が、38歳になった2026年にも「ゴンゴール」の名前で二人だけの番組を始めました。
浜松で父親と将棋を指していた少年時代から、工業高校で氏原さんと過ごした時間を経て、サカモトさんはいったん別の進路を選びました。
東京で俳優を目指していた時期に氏原さんから二度目の誘いを受けたことが転機となり、長い芸人生活とSNSでの活動へ進んでいきます。
そして現在は「うじとうえだ」「GGチャンネル」「サカモト担。」に加え、再びゴンゴールの名前を掲げたPodcastでも、10代から続く二人の関係がそのまま活動になっています。
うじとうえだ・サカモトと似た生い立ちの人物は?
出身地・年代・人生の原点などの共通点から探せます。








コメントを残す