中町綾さんは、YouTubeで日常や本音をテンポよく話し、スキンケアブランド「ASUNE」のプロデュースまで活動を広げてきました。
ファッション誌の撮影やモデルの仕事にも活動を広げてきましたが、その入口は高校時代までさかのぼります。
- 幼稚園ごろまで中国で生活し、その後東京で育った。兄との関係はYouTube活動を通じてさらに近くなった。
- 個人YouTubeの企画に兄・中町JPが参加した動画が反響を呼び、兄妹での活動につながった。
- 現在の道につながる原点:コンテスト・公募
公式プロフィールでは東京都出身とされていますが、本人がたどってきた幼いころの生活は、東京だけでは収まりません。
高校1年でミスコンのグランプリを獲得した一方、現在につながるYouTubeへ本気で取り組んだのは高校卒業後でした。
中町綾の生い立ちと家族|埼玉から中国、そして東京へ
中町綾さんは2001年1月10日生まれで、幼いころから兄の中町JPさんと一緒に育ってきました。
現在の活動では東京の印象が強いものの、幼少期には日本を離れて暮らした時期がありました。
幼稚園ごろまで中国で生活|埼玉→中国→東京と暮らす場所が変わった
本人が2022年のViViインタビューで語った生活歴は、埼玉から中国へ移り、その後東京へ移るという順番でした。
中国で暮らしていたのは幼稚園ぐらいまでだったため、後年には中国語について、名前を言える程度しか残っていないとも話しています。
「最初は埼玉に住んでいて、埼玉→中国→東京の順で拠点が変わっていきました。」
ViVi
「東京都出身」というプロフィールと、「最初に埼玉で暮らし、中国を経て東京へ移った」という本人の記憶は別の情報なので、出生地までを埼玉や中国と断定することはできません。
父・母・兄JPとの4人家族|幼い兄妹を残すホームビデオも
2022年のViViで中町綾さん自身が、父、母、兄と自分の4人家族だと紹介しています。
兄の中町JPさんは年上ですが、現在の動画で見せる掛け合いだけを見ていると、幼いころの距離感までは分かりません。
兄妹が昔の家族写真を見返したViViの企画では、兄の卒園時と思われる写真に幼い綾さんが写り、綾さんは幼稚園のバスに憧れていた記憶を口にしています。
別の写真では綾さんが兄にぴったり寄り添っており、JPさんは、自分について来ていた妹の姿が記憶以上だったことに驚いていました。
中町兄妹の公式YouTubeにも、2人で小さいころのホームビデオを見る企画が残っており、現在の会話のテンポとは違う幼い兄妹の姿を確認できます。
東京へ戻り江戸川で育つ|小学生時代は習い事と受験勉強も
中国から東京へ移った後、後年の著書では「地元・江戸川」の友人が登場しており、中学以降の本人発信にも江戸川での生活が続いていたことが残っています。
小学生時代の校名を本人が公式プロフィールで公表している形では確認できませんが、学生時代の過ごし方については本人がいくつか具体的に語っています。
2024年のCanCamでは、昔はバレーボールや水泳などを続け、「絶対休まずにいく」と自分で決めていたことを回想しました。
さらに、中学受験の勉強にもかなり取り組んだと話しており、動画で知られるようになる前には、習い事と勉強へ時間を使っていた時期がありました。
家族情報
公開情報で確認できている家族について、続柄・職業・補足・出典を整理しています。
| 兄 |
中町JP
YouTuber
兄妹でYouTube活動を行う公人。 |
信頼できる媒体 出典を見る |
|---|
中町綾の中学時代|地元ではまだ「純平くんの妹」だった
東京での学校生活がはっきり見えてくるのは、中学生ごろからです。
当時の本人Xには学校や部活動を自分の言葉で書いた投稿が残っており、後年のインタビューでは友人関係で悩んだ時期についても明かしています。
江戸川区で過ごした中学校生活|本人Xには「二之江中のバレー部」
2014年12月、当時の本人Xには「二之江中のバレー部」と書かれた投稿があり、16人の部員と撮った写真を公開していました。
「二之江中」という本人表記から、通っていた中学校として江戸川区立二之江中学校が確認できます。
現在の中町綾さんはトークや美容・ファッションの印象が強いですが、中学時代はバレーボール部で過ごしており、本人も後年「昔バレー」を続けていたと話しています。
友達関係に悩み、学校へ行きたくないと思った時期もあった
一方、学生生活がいつも明るい場面だけだったわけではありません。
2024年に本人が学生時代を振り返った際には、友達関係で悩み、学校へ行きたくないと思ったり、周囲へ気を使ったりしたことがあったと話しています。
「学生時代には友達関係で悩んで学校に行きたくないなって思ったり」
CanCam.jp
そのころの地元では、兄のJPさんのほうが目立つ存在だったそうで、綾さんは周囲から「純平くんの妹」と呼ばれることが多かったとJPさんが後年明かしています。
埼玉県、中国、東京都。 幼稚園ごろまで中国で生活し、その後東京で育った。兄との関係はYouTube活動を通じてさらに近くなった。
ViVi|中町綾と中町JPがこれまで語ってこなかった2人の奇跡を語る中町綾さんは2001年1月10日生まれで、幼いころから兄の中町JPさんと一緒に育ってきました。
東京での学校生活がはっきり見えてくるのは、中学生ごろからです。
2014年12月、当時の本人Xには「二之江中のバレー部」と書かれた投稿があり、16人の部員と撮った写真を公開していました。
中学を終えると、生活の中心は高校へ移ります。
中国から東京へ移った後、後年の著書では「地元・江戸川」の友人が登場しており、中学以降の本人発信にも江戸川での生活が続いていたことが残っています。
中町綾の高校時代|高1ミスコン優勝で立場が一変
中学を終えると、生活の中心は高校へ移ります。
この3年間で、地元の高校生だった中町綾さんは雑誌やネット番組へ出る側になり、周囲からの呼ばれ方まで変わっていきました。
東京都立第三商業高校へ|授業や友人のそばでダンスと発信を続けた
高校は東京都立第三商業高等学校へ進み、2019年3月の卒業時には本人Xで「最高の友達に出会えて最高な思い出をありがとう」と投稿しています。
中学ではバレーボール部でしたが、高校時代の本人Xには「中学はバレー今はダンス」と書いた投稿もあり、学校ではダンスへ活動が移っていました。
2016年6月には初めて給料が入ったことをXに書き、家族や友人へ食事をごちそうすることや、服を買うことを考えながら、同時に学校のテストが終わることにも触れています。
仕事や発信が始まっても、教室ではテストがあり、友人と過ごし、好きな服やメイクへお金を使う高校生としての日常が並行していました。
高校1年で「高一ミスコン2016」へ応募しグランプリを獲得
高校1年だった2016年、中町綾さんは「日本一かわいい高校一年生」を決める高一ミスコン2016へ出場しました。
公式の女子高生ミスコンXでは、当時のプロフィールとして東京都出身、身長160cmとともに、買い物とメイクが好きな高校1年生として紹介されています。
結果はグランプリでした。
ただ、優勝直後の本人は結果をすぐ自信へ変えられたわけではなく、2024年のCanCamでは、選ばれたことに驚き、「グランプリをとった」という事実を受け入れるのが怖くなった時期があったと明かしています。
スタッフへ弱音を話し、かけられた言葉をきっかけに気持ちを切り替えたことも本人が語っており、ミスコンは仕事だけでなく、自分の見え方が変わり始めた出来事でもありました。
兄が「綾ちゃんのお兄ちゃん」と呼ばれるようになった
変化は家の外でもすぐに表れました。
JPさんによれば、中学生のころまでは自分のほうが地元で目立っており、綾さんが「純平くんの妹」と呼ばれていました。
ところが、高一ミスコン優勝を境に、今度はJPさんが「綾ちゃんのお兄ちゃん」と呼ばれるようになったといいます。
高校2年で『真夏のオオカミくんには騙されない♥』に出演
ミスコンの翌年、2017年7月22日から配信されたABEMAの恋愛リアリティー番組『真夏のオオカミくんには騙されない♥』に出演します。
ABEMA公式のSeason.02出演者一覧にも中町綾さんの名前があり、高校2年の夏には、学校やSNSだけでなく番組を通して知られる機会が増えました。
この番組で経験した出来事は数年後にも残り、2020年ごろにYouTubeへ本腰を入れた際、当時を振り返るトークが再び多くの視聴者に届くことになります。
高校時代から「いつか本を出したい」と友達に話していた
高校2年ごろには、まだ実現していない別の目標も友人へ口にしていました。
「高校2年生の頃から『本を出したい!』って友達にノリで言ってて」
Real Sound
当時はYouTuberが本を出版し始めた時期で、中町綾さんにとっても出版は一つの目標になっていたといいます。
このころすぐ本が出たわけではなく、高校卒業後の進路とYouTubeの再始動を経て、実現するのは2021年です。
高校卒業後の進路|有名になってもすぐYouTube一本にはならなかった
2019年3月に高校を卒業した時点で、中町綾さんにはミスコン優勝やABEMA出演の経歴がありました。
それでも、そのままYouTubeだけへ進んだわけではなく、卒業後には海外で学ぶ時間も作っています。
大学へは進まず、2019年にはフィリピン・セブ島へ短期留学
本人は自身の質問動画で大学へは進学していないと答えており、高校卒業後の2019年7月にはフィリピン・セブ島へ留学しました。
現地からの本人Xでは、授業が始まった日に、自分に合ったレベルで学べることを楽しんでいる様子を投稿しています。
高校卒業後の選択肢には、大学ではなく海外で過ごす時間が入っていました。
芸能事務所で活動しながらYouTubeも開始|当初は本気ではなかった
YouTube自体は、高校時代から芸能事務所に所属していたころに仕事の一つとして始めていました。
ただし、後年VOCEで当時を聞かれた本人は、現在とはかなり違う温度感だったことをはっきり話しています。
「正直モチベは低かった。」
VOCE
高校1年でミスコンに選ばれた経験はあっても、動画投稿そのものが最初から将来の中心だったわけではありませんでした。
コンビで始めたチャンネルが止まり、活動に空白ができる
初期のYouTubeは一人ではなく、友人とのコンビで始めていました。
本人は2023年のsmart Webで、相方が辞めたあとチャンネルをそのまま放置していた時期があると明かしています。
ミスコン、恋愛リアリティー番組、YouTubeと活動先は増えていましたが、高校卒業直後まで一本の仕事へ定まっていたわけではない状態でした。
コロナ禍でYouTubeを再開|自分で編集して毎日投稿へ
次の進路を考えていた2020年、海外へ出る予定が新型コロナウイルスの流行で止まります。
ここで、止まっていたYouTubeへ再び時間を使うようになりました。
予定がなくなった2020年、YouTubeへ本気で取り組み始める
本人は2021年、登録者100万人を迎えたInstagramで、留学できなくなったことをきっかけにYouTubeへ力を入れ始めたと説明しています。
VOCEのインタビューでも、事務所を辞めたあとコロナ禍で突然時間ができ、「だったらYouTubeを頑張ってみよう」と本気になった流れを語りました。
2020年は、留学を考えていた時間が動画制作へ切り替わった年です。
編集も自分で行い、毎日投稿を続けるようになり、以前の「仕事の一つ」という距離感から大きく変わりました。
高校時代や『オオカミくん』の話をさらけ出した動画が伸びる
再開後に手応えが出た題材は、遠い場所の特別な話ではなく、自分がすでに経験していた高校時代でした。
「私の高校時代の話をしていたときに注目を集めて」
smart Web
その後、『真夏のオオカミくんには騙されない♥』出演時の出来事を自分のトークとして語った動画も伸びたと本人は説明しています。
高校時代に経験した出来事を、数年後に自分の言葉で話し直したことがYouTubeの伸びにつながりました。
登録者10万人で兄JPとラップ|兄妹チャンネル誕生へ
個人チャンネルが登録者10万人へ届いた2020年9月、記念企画として兄のJPさんと「TOKYO DRIFT FREESTYLE」を公開します。
ViViで本人が語ったところでは、10万人記念で何かしたいと考えていた綾さんに、ラップ好きのJPさんが企画を提案し、その動画が大きく伸びました。
この1本をきっかけに、JPさんが「兄妹でやろう」と言い始め、中町兄妹としての活動へ進みます。
同年10月27日には、個人チャンネルの登録者20万人を本人Xで報告していました。
中町兄妹が人気に|仕事を通して兄との関係も変わった
兄との動画が伸びたあと、中町兄妹の活動は単発の記念企画ではなくなっていきます。
幼いころから一緒に育った兄妹でも、カメラの前で長く話すようになったことで、それまで共有していなかった私生活まで会話へ入るようになりました。
撮影を重ねるうち、兄と何でも共有する関係になった
中町綾さんは2021年のインタビューで、兄妹YouTubeを始める前は「普通に仲の良い兄弟」程度で、恋愛や細かなプライベートまでは話していなかったと説明しています。
「兄となんでも話を共有するようになりましたね。」
LogTube
動画で話す必要があることに加え、一緒に活動するうちにさらに仲が深まり、兄へ何でも話せるようになったと続けています。
両親もYouTubeを見るようになり家族と仕事が近づいた
変わったのは兄との会話だけではありません。
同じインタビューで、以前の両親は「綾が何してるかわかんない」という状態だったものの、YouTube活動が広がるにつれて動画を見るようになり、仕事を理解しようとしてくれるようになったと話しています。
幼少期には父、母、兄と暮らしていた4人家族が、成人後には兄妹の仕事を両親が動画で見る家族へ変わっていきました。
高校時代の友人とは卒業後も旅行や夏休みを一緒に過ごす
YouTubeで生活が大きく変わった後も、高校でできた友人との関係は続いています。
2021年には高校時代の友人たちとスノーボードへ出かけ、2022年8月のInstagramでも高校の友達との夏休みを毎年楽しみにしていると投稿しました。
2021年の初著書が書店に並んだ際には、中高時代からの友人が店頭の写真を送ってきたとも話しており、ミスコンより前後の自分を知る友人が、YouTubeで知られた後も身近に残っていました。
高校時代に好きだった美容とファッションが現在の仕事へ
高校1年のミスコン公式プロフィールに書かれていた「買い物とメイクが大好き」という興味は、YouTubeで人気になった後も消えませんでした。
2021年以降は、出版、服、スキンケア、雑誌モデルと、学生時代に好きだった分野が仕事として増えていきます。
2021年、念願だったスタイルブックを出版
2021年7月15日、KADOKAWAから初著書『中町綾 1ST STYLE BOOK 私の人生ノリで草。』が発売されました。
高校時代に口にしていた出版の目標が、約4年後に実際の一冊になりました。
本にはメイクやファッションだけでなく、兄JPさんや地元・江戸川の友人も登場し、中町綾さん自身がYouTubeで見せる日常とは違う表情も入れたいと制作時に希望しています。
出版後には両親が本を何冊も購入し、近所へ配るためにサインを頼んできたという家族の場面もありました。
同年11月には、ストリート系ファッションが好きでも自分の好みに合う服を探すのに時間や費用がかかることから、「JUST A NOON」も立ち上げています。
2022年にスキンケアブランドASUNEを立ち上げる
2022年10月5日には、スキンケアブランド「ASUNE」をローンチしました。
運営会社の発表では、中町綾さんが企画から開発段階までプロデュースし、20歳を過ぎて乾燥やニキビが気になった自身の経験から、同年代が手に取りやすい商品を作りたいと考えたことが出発点でした。
準備には1年以上をかけています。
「1年以上前から準備して、本当に納得いくものを作りました。」
ダイヤコーポレーション
高校時代に好きだったメイクは、見る側・使う側の趣味だけではなく、自分で商品を企画する仕事へ広がりました。
2024年にCanCam専属モデルへ|2025年に活動終了、2026年には初写真集へ
2024年8月、中町綾さんは東京ドームで行われた「Creator Dream Fes 2024」のステージで、『CanCam』専属モデルになることを発表しました。
『CanCam』2024年10月号から専属モデルに加わり、加入号ではいきなり通常版の表紙を担当しています。
学生のころから雑誌モデルに憧れ、その夢を持って高校生ミスコンへ出たと本人は当時のInstagramで説明しており、高校1年の応募と8年後の専属モデル就任がここでつながりました。
ただし、『CanCam』での専属モデル活動は2025年3月に終了したことを本人が報告しているため、現在も専属モデルを続けているわけではありません。
その後もモデルやブランドの活動は続き、2026年9月2日には、自身初となる写真集を同年11月11日に講談社から発売予定であることが発表されました。
撮影地はロサンゼルス、パームスプリングス、東京で、25歳の現在を収めた一冊になるとされています。
埼玉、中国、東京と生活する場所が変わった幼少期を経て、江戸川での学生生活と高校1年のミスコンが、人前に出る仕事の入口になりました。
高校卒業後には留学という別の進路を考えながら、コロナ禍で止まった予定をきっかけにYouTubeへ時間を注ぎ、兄との一本の動画から中町兄妹の活動も始まっています。
現在は、学生時代から好きだった美容やファッションをブランドやモデルの仕事へ広げ、2026年には初写真集の発売を控えるところまで活動を続けています。
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出身地・年代・人生の原点などの共通点から探せます。







