映画『国宝』や日曜劇場『GIFT』への出演、さらにVOKSY DAYSでのアーティスト活動と、10代で仕事の幅を広げている越山敬達さん。
2009年4月21日生まれの東京都出身で、2026年8月現在は17歳、所属事務所の公式プロフィールでは身長175cmとなっています。
- 4歳ごろから家族とスケートなどのウィンタースポーツに親しみ、身体を動かすことが身近だった。
- 保育園年長のころ、家族と新宿を歩いていた際に現在の所属事務所からスカウトされ、家族で話し合って所属を決めた。
- 映画『ぼくのお日さま』への出演を通じて、それまでの「役を演じる」感覚から、役作りや俳優としての心構えを考えるようになり、本人が俳優としての意識が大きく変わったと語っている。
最近の作品で知った人には新しく現れた若手俳優にも見えますが、芸能活動の入口は保育園年長のころ、家族と新宿を歩いていた日に受けたスカウトでした。
その後は小学校へ入る前からモデルやCMの仕事を始め、小学3年生でダンスを経験し、俳優の幼少期役、EBiDANでのステージ、長期の地方ロケへと少しずつ活動が変わっていきます。
現在は俳優だけでなく、8人組ボーイズグループ「VOKSY DAYS」のメンバーとして歌やダンスでもステージに立っています。
越山敬達の生い立ちと家族|東京で育ち、保育園年長で新宿スカウト
越山敬達さんは東京都出身で、幼いころから現在まで所属するスターダストプロモーションとの縁が始まっています。
芸能活動より先に日常の中にあったものの一つが、冬のスポーツでした。
4歳ごろから家族とウィンタースポーツに親しみスケートを経験
越山さんは4歳ごろからスケートを経験しています。
所属事務所の現在のプロフィールにも趣味としてスキー、スケート、水泳が並び、子どものころから身体を動かすことが身近にありました。
この時点では、もちろん十数歳になって映画の主演につながるとは決まっていません。
ただ、幼いころに覚えたスケートは、のちに13歳で受ける映画『ぼくのお日さま』のオーディションで、実際に使える経験になります。
家族で新宿を歩いていた日にスターダストから声をかけられる
芸能界へ入る出来事が起きたのは、保育園の年長だったころです。
家族と新宿を歩いていると、現在所属するスターダストプロモーションの関係者から声をかけられました。
本人の記憶に残っているのは、自分ではなく、突然両親が知らない人に話しかけられている光景でした。
「『なんだろう?』と思ったことを覚えています」
CREA
自分から芸能事務所へ応募したところから始まったわけではなく、家族との普段の外出中に、進路が一つ増えました。
当時は『VS嵐』などテレビ番組を見るのが好きで、テレビに出る人への興味はありましたが、最初から俳優一本を目指していたわけではありませんでした。
両親と話し合って事務所入り|父母・兄弟について分かっていること
スカウトされたその場ですぐ所属を決めたわけではなく、家へ持ち帰って家族で話し合ったうえで事務所に入ることになりました。
越山さん本人が後年のインタビューで、スカウト時に「両親」が一緒だったことを明確に話しているため、父親と母親が芸能活動の入口に立ち会っていたことまでは確認できます。
一方で、父親や母親の職業、兄弟姉妹の有無について、本人や所属事務所から具体的な公表は確認されていません。
家での様子が少し見える発信として、2022年の母の日には、母親がプレゼントより普段の手伝いをしてほしいと思っているらしいと本人がブログに書いています。
それでも花を贈ろうと店へ行き、犬をかたどったフラワーアレンジメントを見つけて母親へ持ち帰りました。
「お母さんも喜んでくれたよー」
EBiDAN NEXT オフィシャルサイト
家族情報
公開情報で確認できている家族について、続柄・職業・補足・出典を整理しています。
小学生で芸能活動が本格化|CM出演から小学3年生でダンスへ
事務所へ所属すると、まず始まったのは現在の俳優活動とは少し違う仕事でした。
まだ小学校へ入る前から、撮影現場に足を運ぶ生活が始まります。
小学校入学前からモデルの仕事を始めCMへ
本人によると、最初のころはモデルのような仕事を経験し、その後にオートバックスや花王などのCMへ出演しました。
まだ将来の職業として俳優を考える年齢ではありませんでしたが、現場へ行く回数が増えるにつれ、仕事そのものを楽しく感じるようになったそうです。
「どんどんお仕事が楽しくなっていった」
CREA
テレビドラマの主要人物を演じるより前に、カメラを向けられる仕事を幼いころから繰り返していたことになります。
小学3年生でBATTLE KiDSに参加し初めてダンスレッスン
もう一つの活動が始まったのは小学3年生でした。
EBiDAN NEXTの前身にあたる活動の一つ、BATTLE KiDSへ参加することになり、そこで初めて本格的なダンスレッスンを受けます。
2026年の本人インタビューでは、このころを振り返り、事務所へ入ったあと「気がついたらダンスレッスンをやっていた」という感覚だったと話しています。
俳優を目指して選んだ習い事というより、所属後に始まったダンスが、そのまま小学生以降の生活へ入り込んでいきました。
その後は俳優とアーティストの両方で活動する佐野勇斗さんに憧れ、M!LKの映像を見るうちに音楽への興味も強くなっていったと語っています。
小学6年生でCZ’21へ|ライブとステージを経験して小学校卒業
小学生最後の時期には、小学生だけで構成された期間限定選抜プロジェクトCZ’21のメンバーとして活動しました。
CZ’21では大野遥斗さん、黒田志音さん、荘司亜虎さん、宮本琉成さんらと一緒にステージへ立ち、ライブやイベントを経験しています。
2021年にはステージ活動が本格化し、小学校を卒業する2022年春にCZ’21としての一区切りも迎えました。
卒業後の本人ブログには、最後のライブを終えたあと「ホッとした気持ち」と「ポッカリ空いた気持ち」が混ざっていたと書かれています。
ただ、活動が完全に終わったわけではなく、同年5月にはCZ’21が1日限りで復活し、越山さんも再びステージへ立ちました。
このころには、映像作品の現場と並んで人前で踊る経験もすでに数年積み上がっていました。
越山敬達さんは東京都出身で、幼いころから現在まで所属するスターダストプロモーションとの縁が始まっています。
2022年に中学生になると、映像作品への出演が目立つようになります。
本人によると、最初のころはモデルのような仕事を経験し、その後にオートバックスや花王などのCMへ出演しました。
小学生最後の時期には、小学生だけで構成された期間限定選抜プロジェクトCZ'21のメンバーとして活動しました。
保育園年長のころ、家族と新宿を歩いていた際に現在の所属事務所からスカウトされ、家族で話し合って所属を決めた。
CREA/EBiDAN NEXT|越山敬達インタビュー・公式発信映画『ぼくのお日さま』への出演を通じて、それまでの「役を演じる」感覚から、役作りや俳優としての心構えを考えるようになり、本人が俳優としての意識が大きく変わったと語っている。
CREA/EBiDAN NEXT|越山敬達インタビュー・公式発信中学生になると映像作品が増加|幼少期役から自分の年齢に近い役へ
2022年に中学生になると、映像作品への出演が目立つようになります。
最初は主演俳優たちの幼少期を演じる役が多く、現場で求められた芝居を一つずつ経験していきました。
中学入り前後に松村北斗らの幼少期役を経験
2022年にはドラマ『恋なんて、本気でやってどうするの?』で松村北斗さん演じる長峰柊磨の幼少期役などを務めました。
本人は後年、このころについて、ドラマの現場自体は新鮮で楽しかったものの、まだ自分で役を深く組み立てるところまでは行っていなかったと話しています。
「『いただいた役を演じなきゃ』という気持ち」
CREA
この感覚が大きく動く仕事が、翌2023年に始まります。
13歳で『ぼくのお日さま』オーディション|4歳からのスケート経験が生きる
13歳のころ、奥山大史監督の映画『ぼくのお日さま』のオーディションを受けました。
吃音のある少年タクヤが、少女さくらやコーチの荒川と出会い、氷上で過ごすひと冬を描く作品です。
越山さんは4歳ごろからスケート経験があり、オーディションでも「受かったらいいな」と思っていたそうですが、奥山監督が表情をほとんど変えず、手応えは読めませんでした。
一方の奥山監督は、プロフィールにスケートが得意と書いてあるのに、本人があまり強くアピールしなかったところにもタクヤらしさを感じています。
幼いころから続いていたスケートと、オーディション時の越山さん自身の佇まいが重なり、初主演映画のタクヤ役に選ばれました。
もともと滑れるから簡単だったわけではなく、劇中ではアイスホッケーとアイスダンスへ初めて挑戦しています。
さらにタクヤはスケートが得意な少年ではないため、越山さん自身が上手に滑れる場面でも、役としては不慣れに見える動きを作る必要がありました。
自分が4歳で滑り始めたころの感覚を思い返しながら、あえてぎこちない滑り方を探していきました。
北海道・岩手で1か月超のロケ|役作りを考える俳優へ変わった撮影
『ぼくのお日さま』の撮影は2023年2月から3月ごろに行われ、北海道や岩手で1か月を超えるロケになりました。
夜8時ごろに撮影を終えたあと、寿司やジンギスカン、ラーメンを食べに行ったこともあり、13歳の越山さんにとって学校とはまったく違う冬の日々が続きます。
凍った自然の湖で撮影した日は、人工リンクと違って氷の表面がでこぼこしていました。
何度も転倒するうちに右膝を氷へ3回強くぶつけ、痛さから泣いてしまったことを本人が外国特派員協会の会見で明かしています。
「右膝を3回もリンクに叩きつけて」
映画『ぼくのお日さま』公式サイト
それでも撮影そのものについては、後のインタビューで「楽しくて、楽しくて、しょうがなかった」と話しています。
以前は与えられた役を演じる意識が中心でしたが、この映画ではタクヤならどうするかを考えながら現場へ立つようになり、本人自身が俳優としての心構えが大きく変わった作品に挙げています。
14歳の『天狗の台所』が次の転機|161人からオン役に
冬の長期ロケが終わった2023年、その年の夏には次の大きな撮影が始まりました。
BS-TBS『天狗の台所』で、飯綱基の弟・オン役に決まります。
手応えがなかったオーディションで「小声の芝居」が評価される
オン役のオーディションには161人が参加していました。
ところが越山さん自身は、受けたときに強い手応えがあったわけではありません。
長島翔監督が目に留めたのは、大きく自分を見せようとする演技ではなく、少し力の抜けた雰囲気や声の小さな芝居でした。
監督が感じた「剥き出しの14歳」という印象が、ニューヨーク育ちで少し生意気なオンの像と重なりました。
それまで演じてきた誰かの幼少期とは違い、自分とほぼ同じ年代の少年として、物語の中心に長く登場する役です。
『ぼくのお日さま』に続き、14歳で主要キャストを務める仕事が続くことになりました。
夏休みを使った1か月ロケ|虫が苦手な都会っ子が田舎暮らしへ
撮影は静岡県内を中心に約1か月行われ、ちょうど中学生だった越山さんの夏休みと重なりました。
自然に囲まれた古民家や畑での撮影でしたが、越山さんは当時かなりの虫嫌いでした。
初日は内心「帰りたい」と思うほどで、駒木根葵汰さんからは1か月の撮影中に越山さんが虫を理由に涙する姿を何度か見たことまで明かされています。
雨で撮影が止まった日には塩野瑛久さんとゆでたじゃがいもを食べたり、撮影が早く終わった日に駒木根さんと静岡名物のハンバーグを食べに行ったりと、仕事以外の時間も共演者と過ごしました。
一度食べに行ったハンバーグが気に入り、その後は毎日のように「また行きたい」と話していたと駒木根さんが振り返っています。
同じ宿で過ごした駒木根葵汰・塩野瑛久との距離が縮まる
撮影中は駒木根さん、塩野さん、越山さんが同じ宿泊施設を使い、仕事が終わっても顔を合わせる生活でした。
駒木根さんは隣の部屋で越山さんが寝坊していれば起こしに行き、「宿題やれ」と声をかけることもあったそうです。
最初は人見知りもあって会話が弾みにくかったものの、時間がたつと越山さんの方から駒木根さんをいじるほど関係が変化しました。
塩野さんを含む3人で同じ部屋に集まり、昼寝をしたり話したりする時間もあり、駒木根さんはその1か月を「三兄弟みたい」と表現しています。
中学後半で『ぼくのお日さま』が公開|カンヌと新人賞へ
2023年に撮影した『ぼくのお日さま』は、越山さんが15歳になった2024年に公開へ向けて動き出します。
撮影から時間がたち、本人の身体にも目に見える変化が出ていました。
13歳で撮った映画が15歳で公開|撮影後には身長も大きく伸びる
2024年4月、所属事務所から『ぼくのお日さま』主演が正式発表されました。
同作は第77回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門へ正式出品され、越山さんも奥山監督らと現地へ向かいました。
映画の撮影時は13歳でしたが、公開前のイベントで15歳になった越山さんは、撮影時から身長が「10センチ以上伸びた」と話しています。
劇中には13歳の姿が残る一方、舞台挨拶へ現れた本人はすでに大きく成長していました。
2026年現在の所属事務所公式プロフィールでは、身長175cmと掲載されています。
奥山大史監督と池松壮亮が語った撮影当時の越山敬達
撮影当時の越山さんについては、監督や共演者からも似た印象が語られています。
奥山監督は、芝居には真っすぐ取り組みながら、オーディションへ受かろうとして過剰に自分を見せる感じがなかった点を覚えていました。
池松壮亮さんも越山さんと中西希亜良さんについて、一般的なオーディションを勝ち上がってきた子役とは少し違い、のんびりしているところが好きだったと語っています。
本人が強く押し出そうとしなかった部分まで、映画ではタクヤの人物像を作る材料になっていました。
映画公開後は評価が広がり、越山さんは『ぼくのお日さま』で日本アカデミー賞新人俳優賞、キネマ旬報ベスト・テン新人男優賞、毎日映画コンクールのスポニチグランプリ新人賞など、複数の新人賞を受賞しています。
幼少期役を重ねていた中学生が、初主演映画一本で6つの新人賞を受けるところまで進みました。
EBiDAN NEXTやモデル活動も続けながら中学校を卒業
映画が評価される一方で、越山さんはEBiDAN NEXTでの活動も続けていました。
俳優の仕事だけへ一本化せず、ライブで踊る時間も持ち続け、中学校生活と並行しています。
2025年4月に16歳の誕生日を迎えた際には、本人が公式ブログで中学校の3年間を振り返りました。
「学校、EBiDAN、俳優の仕事」
EBiDAN NEXT オフィシャルサイト
映画の長期ロケやドラマの泊まり込み撮影もあった中学3年間を、この三つを通して大切な思い出ができた時期として書いています。
高校生になり『国宝』へ|俳優とアーティストの二本立てに
2025年春、中学校を卒業した越山さんは高校生になりました。
ここからは、子どものころから並行してきた映像とダンスの二つが、それぞれ大きな仕事へ進んでいきます。
2025年4月に高校生へ|学校名は公表せず仕事と学業を継続
2025年4月23日の公式ブログで、本人は「4月から高校生になりました」と報告しました。
高校名について本人や所属事務所による公表は確認されていません。
ブログでは、高校生活が始まって少したち、ようやく新しい環境に慣れてきたとも書いています。
高校進学後もEBiDANの活動と俳優業は続き、仕事量が減ったわけではありません。
映画『国宝』で大垣俊介の幼少期役
2025年6月公開の映画『国宝』では、大垣俊介の幼少期役を演じました。
『ぼくのお日さま』では主演として自分と近い世代の少年を演じた一方、『国宝』では再び主要人物の幼少期を託されています。
保育園年長から撮影現場に入り、中学生になるころには複数の幼少期役を経験してきた越山さんにとって、それまで積み重ねてきた仕事の延長線上にある役でもありました。
『国宝』の公開で越山さんの名前を知った人も増えましたが、この時点ですでに芸能活動は約10年続いています。
2026年VOKSY DAYSでデビュー|小学3年生から続いたダンスが新段階へ
2026年には、もう一つの活動にも大きな変化がありました。
飯世善文さん、荘司亜虎さん、涼瀬一颯さん、田村颯大さん、長野蒼大さん、橋新夢さん、松崎朔弥さんとともに、8人組VOKSY DAYSとしてデビューします。
2月2日にデビュー曲「Light It Up」を配信し、2月21日にはデビューショーケースを開催しました。
デビュー時のコメントで越山さんは、6歳のころにスカウトされ、当初は特別な目標もないままダンスレッスンを受けていたことを改めて振り返っています。
EBiDANのさまざまな企画やステージを経験するうちに仲間ができ、自分自身の課題やチームの課題へ向き合う時間が増え、少しずつ目標ができたと話しました。
小学3年生で初めて受けたダンスレッスンは、約8年後に研究生の枠を越えたグループデビューへ続きました。
17歳の現在|『GIFT』『天狗の台所Season3』へ
2026年4月から6月にはTBS日曜劇場『GIFT』へ出演し、車いすラグビーチーム「ブレイズブルズ」の坂東拓也を演じました。
堤真一さん、山田裕貴さん、有村架純さんらが出演する中、越山さんはチームの若い選手の一人としてレギュラー出演しています。
さらに、14歳の夏にオン役として始まった『天狗の台所』はSeason2を経て、2026年10月1日からSeason3が放送されることも決まっています。
Season1から継続して同じ人物を演じているため、中学生だった越山さん自身の成長も画面に残るシリーズになりました。
俳優活動の横ではVOKSY DAYSが1st EP『Bitter Flame』を2026年6月に発売し、ライブやリリースイベントも続いています。
17歳の現在は、子どものころから別々に積んできた「映像の現場」と「ダンスのステージ」の両方が仕事の中心になっています。
家族と新宿を歩いていた保育園年長の日に始まった芸能活動は、小学生のモデルやCM、ダンスのステージを経て、中学生の長期ロケへ進みました。
13歳で撮影した『ぼくのお日さま』が俳優として一つの転機となり、その後は『国宝』などの映画や連続ドラマへ出演する一方、小学3年生から続けてきたダンスもVOKSY DAYSのデビューへつながっています。
17歳になった現在も、『天狗の台所』で中学生のころから演じてきたオンを続けながら、俳優とアーティストという二つの現場を行き来しています。
越山敬達と似た生い立ちの人物は?
出身地・年代・人生の原点などの共通点から探せます。











