新原泰佑さんは、舞台・ドラマ・映画を行き来しながら、ダンスで培った身体表現も生かして活動する俳優です。
俳優として知られる現在からは意外ですが、子どものころから一直線に俳優を目指していたわけではなく、生活の中心にあったのは4歳から続けてきたダンスでした。
- 幼少期から幅広いジャンルのダンスを学んだ。
- 高校生のときにミュージカル作品を観て芝居をやりたいと思うようになった。
- 男子高生ミスターコン2018へ応募し、グランプリ受賞を芸能活動のスタートとしている。
高校生になるころには、踊ることに加えて舞台や芝居へ関心が広がり、将来の選択肢も少しずつ変わっていきます。
新原泰佑の生い立ちと家族|母について行ったダンススタジオが原点
新原泰佑さんは2000年10月7日生まれ、埼玉県出身で、幼いころから家族の身近なところにダンスがありました。
現在の所属事務所アミューズの公式プロフィールにも、4歳からHIPHOPやJAZZなど幅広いジャンルのダンスを学んだことが記されています。
母のレッスンについて行き|4歳で自分もキッズクラスへ
ダンスを始めた直接のきっかけは、母親が地元のダンススタジオへ通っていたことでした。
本人によると、母親が大人向けのクラスを受けており、その前の時間帯に開かれていたキッズクラスへ一緒に通うようになったのだそうです。
こうして4歳から始まったダンスは、習い事の一つで終わらず、その後の生活の大部分を占めるようになります。
「4歳から地元のダンススクールでキッズダンスを習い始めました」
バレエチャンネル
一人っ子で祖父母と同居|幼いころの家庭で身についた習慣
幼少期の家族については、本人が一人っ子だと明かしています。
幼いころには祖父母と一緒に暮らした時期があり、別に暮らすようになった後も祖父母は近所に住んでいました。
祖父母は生活のしつけに厳しく、食事を待つときやテレビを見るときにも正座をしていたと、2020年のインタビューで振り返っています。
泣きながら練習した時期を越え、小学校後はほぼ毎日ダンスへ
始めたばかりのころから何でも簡単に踊れたわけではなく、できない技や振付があると悔しくなり、泣きながら練習した時期もありました。
それでもレッスンから離れず、小学校高学年から中学生ごろにはほぼ毎日のようにダンスへ通う生活になっていきます。
学校が終わればレッスンへ向かうのが日常で、休日に友達と遊ぶ機会も少なく、友達と外へ出かけるようになったのは高校生になってからだったと本人は話しています。
「小学校が終わったらダンスに行く」
WEBザテレビジョン
小学校から中学時代|踊るだけでなく「作る」ことへ惹かれていく
ダンスへ通う時間が増える一方で、学校生活の中にも後の芝居につながる小さな経験がありました。
ただし、このころから俳優を目指していたわけではなく、本人の将来像の中心はまだダンスでした。
ダンス仲間と演劇クラブへ|学校でも人前に立つ経験
小学生のころには、ダンス仲間と一緒に演劇クラブへ入ったことがあります。
小学校から中学校の学校名は、現在のアミューズ公式プロフィールや本人の公開プロフィールでは公表されていません。
12歳で自作振付を始め、ソロのコンテストにも挑戦
12歳ごろになると、踊ることに加えて振付そのものに面白さを感じ、自分で作品を作り始めます。
アミューズの公式プロフィールによると、自作の振付でソロのダンスコンテストへ出場し、複数の大会で優勝を経験しました。
この時期から、振付を覚えて踊るだけでなく、音楽をどう動きに置き換えるかを自分で考える時間が増えていきました。
2017年から2019年にはBroadway Dance Centerの奨学生プログラムにも参加しており、高校期まで継続してダンスを学んでいます。
中3ごろからジャズダンスへ絞り、舞台をノート片手に見るように
子どものころはHIPHOPをはじめ複数ジャンルを踊っていましたが、中学3年から高校1年ごろになると、特にジャズダンスへ関心が向くようになりました。
同じころ、舞台や映画を見るときには照明、芝居、立ち回り、構成など気になった点をノートへ書き留めるようになり、暗い客席でもメモを取っていたといいます。
踊り手として舞台を見るだけでなく、舞台全体がどう作られているのかを見る時間が増えていました。
ダンスを始めた直接のきっかけは、母親が地元のダンススタジオへ通っていたことでした。 本人によると、母親が大人向けのクラスを受けており、その前の時間帯…
Deview 新原泰佑インタビュー新原泰佑さんは2000年10月7日生まれ、埼玉県出身で、幼いころから家族の身近なところにダンスがありました。
始めたばかりのころから何でも簡単に踊れたわけではなく、できない技や振付があると悔しくなり、泣きながら練習した時期もありました。
ダンスへ通う時間が増える一方で、学校生活の中にも後の芝居につながる小さな経験がありました。
中学の終わりから高校へ進むころ、ダンス中心だった将来像に芝居への関心が加わり始めます。
高校時代|ダンスを教える側になり、舞台から芝居へ興味が広がる
中学の終わりから高校へ進むころ、ダンス中心だった将来像に芝居への関心が加わり始めます。
高校へ進むと、レッスンを受ける側から教える側へ回り、友達と学校行事へ参加する時間も増えていきました。
出身高校の学校名については、本人やアミューズの現行公式プロフィールでは公表されていません。
中3〜高1で『キンキーブーツ』へ|「ダンスだけ」の将来像が変わった
中学3年から高校1年ごろ、新原さんは三浦春馬さんが出演したミュージカル『キンキーブーツ』初演を見ました。
それまで将来についてはダンスを中心に考えていましたが、ダンス、歌、芝居が一つの舞台で重なる光景を見たことで、芝居にも関心が向いていきます。
「それまではダンスだけできればいいと思っていました」
日刊スポーツ
『キンキーブーツ』はその後も複数回観劇し、ここでも客席でノートを取りながら作品を見ていました。
ダンサーになることだけを考えていた高校時代に、芝居という次の選択肢が具体的に現れた時期でした。
高校1年からダンスの先生|発表会では振付と演出も担当
新原さんは高校1年生のころからダンスを教える仕事を始めました。
スタジオの発表会では自分で振付した作品を出し、演出的な部分まで考えるようになったと話しています。
まだ高校生でありながら、自分が踊るだけでなく、人へ振付を伝え、作品として見せる立場も経験していました。
2016年には当時の本人Xに、埼玉県蕨市のスタジオで自身の振付によるレッスンを行っていた記録も残っています。
体育祭・文化祭には率先して参加|夏休みも一人でお化け屋敷作り
高校では体育祭や文化祭にも積極的に参加し、人前でダンスを披露することもありました。
文化祭でクラスがお化け屋敷を作った年には、夏休み中もほぼ毎日のように学校へ通い、お化けや小道具を作っていたそうです。
周囲に誰も来ない日でも作業を続け、自分が進めないと完成しないと思って一人で制作する日もありました。
「文化祭ガチ勢だったんですよ」
ぴあ映画
高校3年で男子高生ミスターコン2018へ|芝居への入口を自分で探した
芝居をやってみたいと思っても、新原さんには芸能界へ入る具体的なルートがまだありませんでした。
長く続けてきたのはダンスで、芝居のレッスンや歌の勉強をどこから始めればいいのかも分からなかったといいます。
芝居も歌も始め方が分からず、高校生が応募できるコンテストへ
そこで高校生の自分が応募できる場として見つけたのが、男子高生ミスターコン2018でした。
本人は後年、芸能人になること自体より、人前に出て何かを表現する仕事へ進みたい気持ちがあったと振り返っています。
芝居を始める方法が分からない中で、高校生の自分が応募できるコンテストへ自らエントリーしました。
ファイナリスト10人で最終審査へ|高校生だった本人の映像も残る
地方予選などを経てファイナリストに残ったのは10人でした。
主催者の記録によると、ファイナリストは2018年10月から12月までの約3か月、週末ごとに東京へ集まり、歌やダンスなどのレッスンを受けています。
最終審査ではダンスやボーカルだけでなく演技も披露するため、長く踊ってきた新原さんにとっても、これまでとは違う表現を人前で試す期間になりました。
2018年12月20日に公式チャンネルで公開されたこの動画では、高校3年当時の新原さん自身が将来について話しており、後年の回想ではない当時の姿を見ることができます。
グランプリを受賞し、母親への手紙を壇上で読む
最終審査は2018年12月27日に行われ、新原さんは男子高生ミスターコン2018のグランプリに選ばれました。
名前を呼ばれると涙を流し、壇上では事前に用意した母親への手紙を読みました。
手紙の中では、母子家庭で母親と二人で暮らしていること、ダンスや合宿で家を空けることが多かったこと、当初は母親がコンテスト出場に反対していたことにも触れています。
それでも母親は挑戦を支え、グランプリ発表後に「誰へ伝えたいか」と聞かれた本人は、真っ先に母親の名前を挙げました。
「お母さんに伝えたい」
ABEMA TIMES
ただし、この時点で将来像が完全に俳優へ切り替わったわけではなく、受賞直後には「オンリーワンなダンサー」を目標に挙げていました。
ダンスを続けながら芸能活動へ踏み出し、その中で芝居の比重が少しずつ大きくなっていきます。
高校卒業後の進路|約1年間のモデル・タレント活動からアミューズへ
高校3年の冬にグランプリを受賞したあと、新原さんはそのまますぐに現在の俳優活動へ入ったわけではありません。
公式プロフィールには、コンテストの副賞として約1年間モデル・タレント業へ挑戦したと記されています。
グランプリの副賞でモデル・タレント業に挑戦
2019年は、ミスターコンをきっかけに始まった芸能活動を経験しながら、ダンサーとしての活動も続けていた時期でした。
高校時代から続けていたダンス指導の経験もあり、2020年にはアミューズの若手俳優による「チーム・ハンサム!」のメンバーへダンスを教えたこともあります。
人前に出る仕事を経験しながら、長く続けたダンスを手放さずに次の道を探していた時期でした。
大学名の公表はなし|高校卒業後に確認できる実際の時系列
新原さんの大学名や大学進学の有無について、本人やアミューズの公式プロフィールでは公表されていません。
そのため特定の大学へ進学した、あるいは大学へ行っていないと断定できる公的な情報はありません。
一方で確認できるのは、高校卒業前の2018年12月にミスターコングランプリを受賞し、その後約1年間モデル・タレント活動を経験したという流れです。
2020年7月にアミューズ所属|映像も舞台も絞らずオーディションへ
2020年7月、新原さんはアミューズへ所属し、俳優としての活動を本格化させます。
所属後はドラマ、映画、ストレートプレイ、ミュージカルと最初からジャンルを一つに絞らず、さまざまなオーディションを受けました。
長年のダンス経験があるためミュージカルなら身体表現を生かせる一方、映像やストレートプレイでは異なる芝居の作り方を経験できると考えていたからです。
「いろんな芝居を経験したい」
ORICON NEWS
2020年に俳優デビュー|15年以上続けたダンスと芝居が重なり始める
アミューズへ所属した2020年、新原さんは初めて仕事として芝居の現場へ入ります。
ダンスでは長い経験があっても、カメラの前で人物を演じる仕事はまったく別のスタートでした。
『17.3 about a sex』で仕事として初めて芝居を経験
俳優として最初の仕事になったのは、2020年配信のABEMAドラマ『17.3 about a sex』です。
出演時のインタビューでは、仕事として芝居をすること自体が初めてだったと明かしており、撮影現場の動きにも慣れていない状態から始まりました。
完成映像を見て、自分では表情を作っていたつもりでも画面上では思うように表れていないことに気づいたとも話しています。
ダンスでは15年以上積み重ねがあった一方、芝居では2020年が本当の最初の現場でした。
初ドラマを見た母親から届いた、役柄への意外な反応
初出演作を見た母親からは、役柄そのものに対する反応が返ってきました。
本人は母親を、自分の出演作や写真を細かく見てくれる「一番のお客さん」と表現しています。
ところが『17.3 about a sex』では、新原さん本人ではなく演じた役の行動に腹を立て、作品を見たあとに強い言葉で叱られたそうです。
「お母さんは僕の一番のお客さんです」
WEBザテレビジョン
ストレートプレイとミュージカルの両方へ活動を広げる
映像の現場を経験した後は、舞台にも活動を広げました。
2021年2月にはミュージカル・ゴシック『ポーの一族』へ出演し、ミュージカルデビューを果たしています。
その後はミュージカルだけにとどまらず、ストレートプレイにも出演し、身体を大きく使う舞台と、言葉や間を細かく扱う芝居の両方を経験していきました。
舞台俳優として現在へ|4歳から続く身体表現のその後
俳優デビューから数年がたつと、舞台で任される役も大きくなっていきました。
『球体の球体』で初主演|舞台で役を作る面白さへ
2024年、新原さんは舞台『球体の球体』で舞台初主演を務めました。
4人のキャストで作る作品で、公演ごとにアドリブや台詞が変化する場面も多く、本人はこの作品を通して舞台上で対応する度胸がついたと振り返っています。
「決められた振付を正確に踊る」だけではない、相手やその日の舞台に応じて変わる表現も仕事の中心になっていきます。
『インヘリタンス-継承-』と『球体の球体』で杉村春子賞
同じ2024年には、長編舞台『インヘリタンス-継承-』にも出演しました。
この2作品での演技が評価され、2025年2月28日の贈賞式で第32回読売演劇大賞・杉村春子賞を受賞しています。
アミューズの発表では、『インヘリタンス-継承-』と初主演作『球体の球体』が受賞対象として明記されています。
4歳からダンスを続けた新原さんが、24歳で舞台俳優として演劇賞を受けるところまで進みました。
「どんどん飛び込んでいきたい」
アミューズ
俳優になっても「ダンスだけを捨てた」わけではない現在
2026年になっても、新原さんは俳優とダンスを別々の過去と現在に切り分けてはいません。
本人は長く続けてきたダンスについて、幼いころからあまりにも身近だったため、自分の中では当たり前に近い存在になっていると語っています。
2026年には、本人が「Theater」をテーマにしたカレンダーを制作し、舞台に立つまでの過程そのものをビジュアルで表現しています。
さらに2026年8月にはNHK夜ドラ『税金で買った本』への出演が始まり、舞台と映像の両方で活動を続けています。
母親が通っていた地元のスタジオで始めたダンスは、小学生から中学生の生活の中心になり、高校では教える仕事や振付へ広がりました。
舞台を見て芝居に興味を持ち、入口を探して応募した男子高生ミスターコンを経て、2020年から俳優として一つずつ現場を重ねています。
現在も、4歳から身につけてきた身体表現を持ったまま、映像と舞台の両方で新しい役へ進んでいます。
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