RUI(STARGLOW)の生い立ちと家族|野球少年からTHE FIRST、4年間のトレーニーを経てデビューへ

RUI(STARGLOW)
ひと目でわかるプロフィール RUI(STARGLOW)
るい
出身地
東京都
生まれ年代
2000年代生まれ
活動ジャンル
男性アイドル
性別
男性
家庭環境
両親と育った
育った家庭
元プロ野球選手の父・川島慶三、母、弟・川島連十と育った。野球が身近な家庭の中で、祖母とのカラオケをきっかけに音楽へ関心が移って…
きょうだい構成
2人きょうだい・本人は1番目
キャリアの原点
祖母とのカラオケで歌を褒めてもらったことが歌への関心の入口になり、13歳で『THE FIRST』へ参加した。

5人組ダンス&ボーカルグループSTARGLOWのメンバーとして、スモーキーな歌声と自由な表現を見せるRUIさん。

2007年6月1日生まれで、本名は川島塁さんです。

RUI(STARGLOW)さんを理解する3つのポイント
  1. 父がプロ野球選手として活動し、家族で試合を観戦することもある野球が身近な家庭で育った。
  2. 祖母とのカラオケで歌を褒めてもらったことが歌への関心の入口になり、13歳で『THE FIRST』へ参加した。
  3. 現在の道につながる原点:オーディション

2021年に13歳で『THE FIRST』へ参加したころから知っている人も多いですが、さらに時間を戻すと、幼いころの夢はアーティストではなく野球選手でした。

父はプロ野球で長くプレーした川島慶三さんで、弟も野球を続ける家庭の中で育ちながら、RUIさんは祖母とのカラオケをきっかけに少しずつ歌へ惹かれていきます。

野球選手を夢見ていた少年は、13歳で音楽のオーディションへ進み、その後約4年間をBMSG TRAINEEとして過ごしました。

その間にはモデル、楽曲制作、ライブ、俳優の仕事まで経験し、2025年に『THE LAST PIECE』へ挑戦してSTARGLOWのメンバーに選ばれています。

RUIの生い立ちと家族|野球が身近にあった子ども時代

RUIさんの子ども時代をたどると、最初に見えてくるのは音楽よりも野球がすぐそばにある家庭です。

父がプロ野球選手として各地でプレーする一方で、家族で球場へ足を運ぶこともあり、RUIさん自身も幼いころは同じ道を思い描いていました。

父・川島慶三の試合を見て育ち、小学2年生までは野球選手が夢だった

父の川島慶三さんは、日本ハム、ヤクルト、ソフトバンク、楽天でプレーした元プロ野球選手です。

父が現役だったころ、RUIさんも野球をしており、小学2年生ごろまでは将来の夢も野球選手でした。

「お父さんが野球選手だったので、小2までは野球選手でした。」

SPUR

2015年6月、父がソフトバンクに在籍していたときには、東京ドームで行われた巨人戦を家族で観戦しています。

川島慶三さんはこの試合で同点打を放つなど活躍し、お立ち台から観客席にいる息子たちへ「塁、連十」と名前を呼んでいました。

当時の川島慶三さんは家族を残して単身赴任中で、久しぶりに東京で家族が観戦した日の出来事でした。

現在ステージに立つ「RUI」ではなく、小学生の「塁」として父の試合を客席から見ていた時期がありました。

弟・連十と育った兄弟関係|父のお立ち台から現在の高校野球まで

弟は川島連十(れんと)さんで、RUIさんより年下です。

連十さんは成長後も野球を続け、2026年には二松学舎大付の投手として東東京大会に登板しました。

2026年7月の高校野球取材では、父を「友達みたい」と表現する一方、兄のRUIさんについては中学生ごろから特に仲が良くなったと話しています。

「中学生ぐらいから本当に仲良くて、本当に優しい」

デイリースポーツ

2015年には兄弟そろって父の試合を見ていた二人ですが、成長すると弟は野球を続け、兄は音楽の世界へ進みました。

同じ家庭で育ちながら、現在はプロ野球の世界にいた父、高校野球を続ける弟、アーティストになった兄というそれぞれの道を歩いています。

世界で一番尊敬する母と、歌を褒めてくれた祖母

野球から音楽へ関心が移っていく時期に、大きな存在になったのが母と祖母です。

RUIさんは母について、音楽を目指し始めてからも自分の夢に寄り添い、味方でいてくれた人として語っています。

「世界でいちばん尊敬しているのが母親なんです。」

STORY

母が背中を押し続ける一方、音楽そのものへの最初の入口を作ったのは祖母でした。

祖母とはよくカラオケへ行っており、そこで歌うたびに「うまい」と褒めてもらえたことがうれしく、歌に興味を持つようになったと本人が明かしています。

父から受け継いだ野球への憧れのすぐ隣で、祖母との何気ないカラオケが新しい道の入口になりました。

家族情報

公開情報で確認できている家族について、続柄・職業・補足・出典を整理しています。

父 川島慶三 元プロ野球選手

小学2年生ごろまでは父の影響で野球選手を夢見ていた。

信頼できる媒体 出典を見る
弟 川島連十 高校野球選手

二松学舎大付で野球を続けている弟。

信頼できる媒体 出典を見る

小学生で音楽へ惹かれ、ニコ☆プチのモデルにも

歌うことが好きになると、RUIさんが聴く音楽も少しずつ具体的になっていきます。

このころには音楽だけでなく、雑誌のメンズモデルとしてカメラの前に立つ経験も始まっていました。

祖母とのカラオケから歌が好きになり、小3の十八番はKREVA「音色」

小学生のRUIさんが最初に強く惹かれたアーティストの一人がKREVAさんでした。

きっかけは父がKREVAさんの曲をよく聴いていたことで、小学3年生のころには「音色」をカラオケの十八番にしていました。

父から受けた影響は野球だけではなく、家で耳にした音楽にも残っていたことになります。

さらに三浦大知さんを好きになり、歌とダンスを合わせて表現する姿を見ながら、「アーティストになりたい」という思いが形になっていきました。

後に『THE LAST PIECE』3次審査でKREVAさんの「音色」が課題曲になったとき、本人にとっては小学3年生のころから歌っていた曲へもう一度向き合う機会になっています。

ニコ☆プチのメンズモデルとしてカメラの前に立っていた

小学生時代には、女子小学生向けファッション誌『ニコ☆プチ』のメンズモデルとしても活動しました。

後にSTARGLOWとして同誌へ戻った際、ニコ☆プチ編集部もRUIさんを「かつてニコ☆プチメンズモデルとして活躍」と紹介しています。

2021年には「もーっと知りたい!ルイのコト」という企画への反響から、ニコ☆プチのメンズモデルでは初となる単独連載「ルイのファッション&ミュージック」も始まりました。

そこではファッションだけでなく、本人が気になっている楽曲を紹介する「RUI’S PLAYLIST」も用意されており、すでに音楽好きという面が誌面のキャラクターになっています。

後に歌手になる前から、人前に立つ経験と、自分の好きな音楽を外へ伝える経験の両方を持っていました。

人生年表 RUI(STARGLOW)さんの歩み
家庭
家族・家庭環境から受けた影響

父から野球と音楽の両方で影響を受け、母には音楽の夢を支えてもらい、祖母とのカラオケが歌の原点になった。

SPUR|STARGLOW RUIインタビュー
幼少期
RUIの生い立ちと家族|野球が身近にあった子ども時代

RUIさんの子ども時代をたどると、最初に見えてくるのは音楽よりも野球がすぐそばにある家庭です。

高校
弟・連十と育った兄弟関係|父のお立ち台から現在の高校野球まで

弟は川島連十(れんと)さんで、RUIさんより年下です。

高校
中学・高校時代の4年間|BMSG TRAINEEとしてスタジオへ通う日々

『THE FIRST』から『THE LAST PIECE』までの間には、約4年の時間があります。

原点
現在の道へ進んだきっかけ

祖母とのカラオケで歌を褒めてもらったことが歌への関心の入口になり、13歳で『THE FIRST』へ参加した。

SPUR|STARGLOW RUIインタビュー
原点
デビューには選ばれず、SKY-HIからTRAINEE契約を打診される

RUIさんはオーディションの途中で、SKY-HIさんからBMSGのTRAINEE契約を打診されました。

転機
中学1年生でTHE FIRSTへ|13歳で迎えた最初の大きな転機

中学生になるころ、音楽は趣味の一つではなく、将来進みたい道へ変わっていきました。

中学1年生でTHE FIRSTへ|13歳で迎えた最初の大きな転機

中学生になるころ、音楽は趣味の一つではなく、将来進みたい道へ変わっていきました。

RUIさんは中学1年生だった13歳で、SKY-HIさんが主催したボーイズグループオーディション『THE FIRST』に参加します。

「感電」で存在感を見せた13歳のオーディション

『THE FIRST』の2次審査で歌ったのは、米津玄師さんの「感電」でした。

当時13歳だったRUIさんは、その後も審査を進みましたが、4次審査でオーディションを離れることになります。

ただし、ここでBMSGとの関係が終わったわけではありませんでした。

SKY-HIさんは後年、当時のRUIさんについてアーティストとしての能力を認める一方、13歳という年齢から、さらに社会経験を積む時間が必要だと考えたことを明かしています。

最終グループへ入ることより先に、育成するという選択が取られました。

デビューには選ばれず、SKY-HIからTRAINEE契約を打診される

RUIさんはオーディションの途中で、SKY-HIさんからBMSGのTRAINEE契約を打診されました。

まだBE:FIRSTがデビューする前で、RUIさんはBMSGにおける初期のTRAINEEとして育成を受けることになります。

2025年のインタビューでは、『THE FIRST』でそのままデビューできなかった経験よりも、そこから与えられたレッスンの時間を振り返っています。

13歳で一度デビューを逃した場所が、その後約4年間を過ごす場所へ変わりました。

BMSGで初めて「仲間」と呼べる存在ができていく

音楽だけでなく、人との関わり方にも変化がありました。

RUIさんは後年、BMSGへ入る前は人と話すことで疲れることがあり、人との関わりを避けたいと思う時期もあったと明かしています。

『THE FIRST』でSKY-HIさんに出会い、その後TRAINEEとして周囲と音楽を作るようになると、そこにTAIKIさんをはじめとする仲間が増えていきました。

それまで「仲間」と呼べる存在がいなかったというRUIさんにとって、BMSGは音楽のレッスンだけを受ける場所ではなくなっていきます。

中学・高校時代の4年間|BMSG TRAINEEとしてスタジオへ通う日々

『THE FIRST』から『THE LAST PIECE』までの間には、約4年の時間があります。

この期間にRUIさんは中学生から高校生になり、レッスンを受けるだけだったTRAINEEから、自分の楽曲を作ってライブに立つ存在へ変わっていきました。

音楽を聴きながら電車でレッスンへ向かっていた毎日

TRAINEEになったばかりのころは、電車でスタジオへ通い、レッスンが終わると帰るという日々を送っていました。

移動中にもさまざまな音楽を聴き、スタジオでは歌やダンスを学ぶ生活です。

「レッスンのためにひたすらスタジオに通っていました。」

QJWeb

テレビのオーディションで名前が知られたあとも、日常の中心はこうした地道な往復でした。

本人はデビュー後、この期間があったから音楽を深く知ることができたと振り返っています。

中学時代はエミネムを聴きながら走り、音楽の幅を広げた

中学時代には学校での人間関係に悩む時期もありました。

そんなとき、RUIさんが繰り返し聴いていたのがエミネムです。

ランニングをしながらイヤホンで曲を聴き、英語の歌詞は和訳を確認してから内容まで知ったうえで聴いていました。

中学2〜3年生ごろになると、XXXテンタシオンやジュース・ワールドのほか、ザ・ブルーハーツや銀杏BOYZなど、日本のバンドにも興味が広がります。

高校1年生ごろにはジャンルを限定せず音楽を聴くようになり、曲を再生する前に歌詞を読み、「この言葉にどんな音をつけるのか」を想像してから聴くことも増えました。

聴く側としても、歌声より先に言葉や曲の構造を見るようになっていきました。

14th Syndromeから15th Dreamへ|同世代と作品を作り始める

レッスン生活と並行して、RUIさんは少しずつBMSGの作品にも参加します。

2021年、SKY-HIさんのアルバム『八面六臂』に収録された「14th Syndrome」で、TAIKIさん、edhiii boiさんと共演しました。

当時3人はいずれも14歳前後で、翌2022年7月には3人によるEP『15th Dream』がリリースされています。

EPでは3人で歌うだけでなく、それぞれソロ曲も収録され、「Anytime, Anywhere」では夏休みをテーマに3人自身が歌詞を書きました。

2022年の『BMSG FES’22』や『THE FIRST FINAL』にも出演し、オーディション後もステージへ立つ機会が続いています。

「いつデビューするのか」を待つだけではなく、10代半ばから実際の作品制作とライブ経験を積んでいました。

豊洲PITのShowcaseで「夢の中で」「Diamond」を披露

2023年には、TRAINEEが主役になる初のライブ「BMSG TRAINEE Showcase 2023」が豊洲PITで開催されました。

RUIさんは「14th Syndrome」のほか、自身の「夢の中で」「Diamond」、KANONさんとの「声」などを披露しています。

この時期にはすでに、自分で曲を作ることも活動の一部になっていました。

後に「Diamond」を聴き返したRUIさんは、当時の気分がそのまま曲に出ていたと話しており、その時点の自分を作品として残す経験も重ねています。

高校生で「星が会うその日まで」を書き、作詞・作曲にも踏み込む

2024年になると、RUIさん、TAIKIさん、KANONさんの3人で活動する機会がさらに増えます。

11月には3人名義のEP『Forked Road』を発表し、表題曲はポケモンアニメ「POKÉTOON」のタイアップ曲になりました。

同作にはRUIさんのソロ曲「星が会うその日まで」も収録されています。

作詞をRUIさん、作曲をRUIさんとUTAさんが担当しており、恋人同士が寒い季節に空を見上げ、これからも感情を分かち合っていく姿をイメージして書いた曲です。

小学生のころは好きな曲をカラオケで歌っていたRUIさんが、高校生になるころには自分の言葉とメロディーを作品として残すようになっていました。

高校後半で活動の幅が広がり、俳優にも挑戦

TRAINEE生活の後半では、RUIさんの仕事は音楽だけに収まらなくなっていきます。

ライブや楽曲制作を続ける中、2025年には初めてドラマの現場にも入りました。

RUI・TAIKI・KANONで作品を重ね、グループに近い活動へ

2024年にはBMSG FES’24で「Forked Road」を披露し、翌年に向けてRUIさん、TAIKIさん、KANONさんの3人で活動する場面が増えていきます。

3人はそれぞれTRAINEEとして過ごした期間やBMSGへ入った経緯は違いますが、作品とステージを共有する時間を積み重ねました。

それでも、この時点では3人で正式なグループとしてデビューすることが決まっていたわけではありません。

RUIさんにとっては、デビュー前のまま活動の規模だけが少しずつ大きくなっていく時期でした。

ドラマ『ゲート・オン・ザ・ホライズン〜GOTH〜』で初出演・主演

2025年4月、FODオリジナルドラマ『ゲート・オン・ザ・ホライズン〜GOTH〜』への出演が始まります。

企画をSKY-HIさん、監督・原案を堤幸彦さんが担当し、RUIさんはTAIKIさん、KANONさんとともにトリプル主演を務めました。

RUIさんが演じたのは瀧田拓郎、通称「タク」です。

3人にとってドラマ出演自体が初めてで、主題歌「GOTH」もRUIさん、TAIKIさん、KANONさんが歌いました。

小学生時代のニコ☆プチでカメラの前に立った経験から年月がたち、高校生の終盤には芝居で物語の中心人物を演じる仕事まで経験しています。

THE LAST PIECEへ|4年前と同じ「感電」から始まった再挑戦

2025年、18歳になったRUIさんはBMSGの新たなボーイズグループオーディション『THE LAST PIECE』へ参加します。

初めて『THE FIRST』へ参加したときから約4年がたっていました。

18歳で再びオーディションに入り、今度は年長メンバーとして参加

13歳の『THE FIRST』では最年少クラスだったRUIさんですが、『THE LAST PIECE』では立場が変わりました。

3次審査では年下の参加者を含むグループで最年長となり、周囲を見ながら動く役割も求められています。

本人は後のインタビューで、この時期がオーディション期間でも特にきつかったと話し、もともと人を率いる役割は得意ではなかったと明かしました。

それでも本番へ近づくにつれ、少しずつ年上として動けるようになっています。

13歳で「経験がまだ少ない」と見られていた少年が、18歳では年下を含むチームの最年長になっていました。

THE FIRSTから約4年後、もう一度「感電」を歌う

『THE LAST PIECE』2次審査でRUIさんが選んだ曲は、米津玄師さんの「感電」でした。

これは13歳の『THE FIRST』2次審査でも歌った曲です。

同じ曲を選んだことで、4年間にどれだけ声や表現が変わったのかが、そのままパフォーマンスの中に現れる形になりました。

後のSTARGLOWデビューショーケースでも、13歳の映像と18歳の映像がスクリーンに映される中で、現在のRUIさんが「感電」を歌っています。

13歳でデビューに届かなかったときの曲が、デビュー後には約5年間を振り返る曲になりました。

最終審査を経てSTARGLOWのRUIに選ばれる

『THE LAST PIECE』の審査を進み、RUIさんは最終審査まで残りました。

そして2025年9月19日、RUIさん、TAIKIさん、KANONさん、GOICHIさん、ADAMさんの5人でSTARGLOWが結成されたことが発表されます。

『THE FIRST』から数えると、RUIさんにとっては約4年間のTRAINEE生活を経て決まったグループデビューでした。

デビューが決まった瞬間について、本人はまず、長く積み重ねてきた時間と家族の存在を思い浮かべています。

「今までしてきた努力や親への感謝が思い浮かびました」

ENCOUNT

小学2年生まで野球選手を夢見ていたRUIさんは、18歳でSTARGLOWのメンバーになりました。

STARGLOWとしてデビュー|歌を好きになった少年が立った現在地

STARGLOW結成の発表から3日後の2025年9月22日、5人は「Moonchaser」を配信してプレデビューしました。

Moonchaserでプレデビューし、Star Wishで正式デビュー

「Moonchaser」はBillboard JAPAN Hot 100で初登場7位を記録し、STARGLOWとしての活動が始まりました。

RUIさんにとっては、BMSGへ入ってから初めて正式なグループ名とメンバーが決まったことになります。

プレデビュー会見では、浮かれず謙虚さを忘れない一方で、音楽やスタイルは尖らせていきたいと話し、ドームや海外でのライブも目標に挙げました。

そして2026年1月21日、デビューシングル『Star Wish』をCDリリースし、STARGLOWは正式デビューを迎えています。

『THE FIRST』で13歳だったRUIさんが、約5年後にはBMSGの新グループでデビューアーティストとしてステージに立ちました。

TRAINEE時代から続く作詞と、現在の音楽への向き合い方

デビューによって変わったのは所属するグループ名で、音楽を作ること自体はTRAINEE時代から続いています。

中学時代には走りながらエミネムを聴き、高校時代には曲を再生する前に歌詞を読み、自分でも「Diamond」や「星が会うその日まで」を制作しました。

STARGLOW結成後も、RUIさんが目指しているのはグループの一員という枠だけに収まらず、自分自身の表現を持ったアーティストです。

2025年末のインタビューでは、自分の生活の大部分を音楽が占めていると話すほど、音楽そのものが日常の中心になっています。

祖母に歌を褒められて喜んでいた小学生の日常は、聴く、歌う、踊る、曲を書くという現在の活動へ少しずつ形を変えてきました。

野球が身近な家庭で育ち、小学生のころに祖母とのカラオケから歌へ惹かれていったRUIさん。

13歳の『THE FIRST』で一度デビューから離れたあとも、BMSGで約4年間レッスンと作品制作を重ね、18歳の『THE LAST PIECE』でSTARGLOWのメンバーに選ばれました。

2026年には、かつて客席から父の試合を見ていた「塁」から、STARGLOWのRUIとして自分の歌を届ける時間が続いています。

参考・出典 この記事で参照した主な資料
正本DB確認日:2026-09-15

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