黄色いスーツで声を張る高野正成さんの横で、落ち着いたままボケを差し込んでいくのが、お笑いコンビ「きしたかの」の岸大将さんです。
1990年2月3日生まれで、東京都江東区出身、現在はマセキ芸能社に所属し、ネタ作りも担当しています。
- 高校:目黒学院高校/大学:国士舘大学理工学部
- 2022年にYouTubeチャンネルをドッキリ中心の「高野さんを怒らせたい。」へ路線変更し、高野正成の怒りツッコミとリアクションを前面に出したことで再生数が伸び、テレビなどメディア露出が増える大きな転機になった。
- 現在の道につながる原点:養成・修業
いまの大柄な姿からは少し意外ですが、学生時代の岸さんは競泳でジュニアオリンピックとインカレに出場した選手でした。
そのまま水泳の道を進んだわけではなく、大学3年生で競技生活を終えると大学も辞め、中学時代からの友人だった高野正成さんとの間で思いがけない形で芸人への話が動き始めます。
岸大将の生い立ちと家族|東京都江東区で育った少年時代
岸大将さんの出身地は、マセキ芸能社の公式プロフィールで東京都江東区と公表されています。
後に相方となる高野正成さんとも中学生の頃から同じ地域で過ごしており、芸人になるずっと前から地元でつながっていた2人でした。
江東区で育った岸大将|幼少期の家族・実家について確認できること
岸さんは1990年2月3日に生まれ、プロフィール上では東京都江東区出身とされています。
一方、父親・母親の職業や兄弟姉妹の人数、幼少期に暮らした実家の詳しい様子など、家族構成に関する具体的な情報は公表されていません。
そのため岸さんの子ども時代については、家族像を推測するよりも、本人が後年たびたび語っている地元の友人関係と水泳生活を追う方が、当時の姿を具体的にたどれます。
特にその後の人生に長く残ることになったのが、水泳と、高野さんを含む地元の友人たちとの付き合いでした。
水泳を始めた時期と少年時代|競技生活の原点をたどる
岸さんが何歳から水泳を始めたのかは明らかにされていませんが、本人は後年、大学3年生まで続けていた水泳について長年取り組んできたものとして語っています。
趣味として泳ぐ程度ではなく、高校では全国規模の大会へ進み、大学でも学生日本一を競う舞台に出場するまで競技を続けました。
少年期から学生生活の中心に水泳があり、大学まで競技者として続けていたことが、岸さんの若い頃を知るうえで大きな軸になります。
ただ、水泳だけに没頭して周囲との交流がなかったわけではなく、中学に入ると後の相方になる一人の同級生と出会いました。
中学時代に高野正成と出会う|お笑い好きで仲良くなった2人
岸さんと高野正成さんが初めて同じクラスになったのは、中学1年生のときでした。
のちにコンビを組む2人ですが、この頃から漫才をしていたわけでも、一緒に芸人になる約束をしていたわけでもありません。
中学1年で初めて同じクラスに|「お笑いの天才」と噂だった高野
岸さんは同じクラスになる以前から、高野さんについて少し変わった評判を耳にしていました。
「小学校時代の高野は、“お笑いの天才”だったと人伝えに聞いていて」
FRIDAYデジタル
ところが実際に高野さんと同じクラスになってみると、その「天才」の正体には岸さんだけが気づく部分がありました。
高野さんは周囲の同級生があまり見ていない深夜番組のギャグを使って笑いを取っていたのですが、岸さん自身も同じように深夜のお笑い番組を見ていたため、どこから来たギャグなのか分かったのです。
岸さんはその仕組みをすぐに見抜き、そこから2人はお笑い番組の話をするようになりました。
中学1年で「同じお笑い番組を見ている同級生」として距離が縮まったことが、20年以上続く2人の関係の始まりでした。
4人組で過ごした中学生活|当時はボケもツッコミもしていなかった
中学時代の岸さんと高野さんは、ほかの友人2人を含めた4人組で過ごしていました。
現在の「きしたかの」のように高野さんが怒鳴り、岸さんがそれを引き出すような関係ではなく、ごく普通の同級生同士だったそうです。
「この肉まん美味しいね」「今日あったかいね」
coki
岸さんが振り返った当時の会話は、現在の激しいツッコミから想像するコンビの日常とはかなり違います。
お笑いについても、ネタを作って試すというより、見たバラエティ番組について話す友人関係でした。
岸さんは後年、中学校の卒業アルバムで高野さんと隣同士に並んでいた写真も自身のXで公開しています。
岸大将さんの出身地は、マセキ芸能社の公式プロフィールで東京都江東区と公表されています。
岸さんは1990年2月3日に生まれ、プロフィール上では東京都江東区出身とされています。
岸さんと高野正成さんが初めて同じクラスになったのは、中学1年生のときでした。
中学校を卒業した岸さんは、目黒学院高校へ進みました。
岸さんが何歳から水泳を始めたのかは明らかにされていませんが、本人は後年、大学3年生まで続けていた水泳について長年取り組んできたものとして語っています。
2022年にYouTubeチャンネルをドッキリ中心の「高野さんを怒らせたい。」へ路線変更し、高野正成の怒りツッコミとリアクションを前面に出したことで再生数が伸び、テレビなどメディア露出が増える大きな転機になった。
マセキ芸能社 公式プロフィール岸大将の高校時代|目黒学院高校からジュニアオリンピックへ
中学校を卒業した岸さんは、目黒学院高校へ進みました。
この頃になると、水泳は学生生活の一部というより、本格的に記録を競う競技になっていました。
目黒学院高校へ進学|京北76SCで続けた競泳生活
公式競技記録には、高校時代の岸さんが京北76SCに所属して泳いでいた記録が残っています。
学校生活と並行しながらクラブで競技を続け、得意種目の自由形で全国規模の大会を目指していました。
現在の岸さんは水泳を「特技」としていますが、その背景にあるのは、学生時代に大会記録が残るほど競技へ取り組んだ時間です。
身長171cmという現在の公式プロフィールだけを見ると、体格を生かしたバラエティ出演の印象が先に立ちますが、若い頃には水の中でタイムを競う生活を送っていました。
高校3年で全国JOCジュニアオリンピックに出場
高校時代の大きな実績が、全国JOCジュニアオリンピックカップへの出場です。
マセキ芸能社の公式プロフィールでも、水泳の実績としてジュニアオリンピック出場が明記されています。
高校生の岸さんは、全国大会へ進むレベルの競泳選手でした。
さらに高校卒業後もそこで競技を終えず、水泳を続けられる進路として国士舘大学へ進みます。
ジュニアオリンピック出場から大学のインカレへと、水泳はそのまま次の学生生活へ続いていきました。
国士舘大学でインカレ出場|水泳に打ち込んだ大学時代
岸さんが進学したのは、国士舘大学理工学部です。
大学でも競泳を続け、1年生の時点ですでに全国の大学生が集まる大会へ名前を連ねています。
国士舘大学理工学部へ|大学1年で日本学生選手権に出場
2008年の日本学生選手権水泳競技大会では、国士舘大学1年の「岸 大将」として男子400m自由形に出場した公式記録が残っています。
大会の公式記録では、400m自由形を4分24秒25で泳いでいます。
大学1年でインカレの舞台に立っていたことからも、高校卒業後に急に水泳を始めたのではなく、継続して競技へ取り組んでいたことが分かります。
芸人になった後の岸さんから水泳のイメージを持たない人もいますが、学生時代には大会へ出るための日常が長く続いていました。
大学3年で水泳を引退|競技生活が終わった時期を深掘り
大学へ入ってからも水泳を続けていた岸さんですが、大学3年生になると競技生活を終えます。
本人は後年、この時期について水泳を引退しただけでなく、大学そのものも辞めたと話しています。
大学3年で長く続けてきた水泳を引退し、国士舘大学も中退しました。
それまで岸さんの進路を長く占めていた競泳がここで終わり、代わりに出てきたのが、以前からやってみたいと思っていたお笑いでした。
水泳を辞めた直後に、岸さんは芸人を目指す方向へ進路を切り替えます。
ただし、この時点では高野さんとコンビを組むつもりだったわけではありませんでした。
大学中退から芸人へ|高野との公園で「きしたかの」が動き始める
水泳を引退して大学を辞めた頃、岸さんは地元の友人たちと飲む機会がありました。
そこには、中学時代から付き合いの続いていた高野さんもいました。
「大学辞めたわ。芸人やろうと思ってる」と地元の仲間へ報告
岸さんはその場で、友人たちに自分の進路が変わったことを伝えます。
「俺、水泳引退して大学辞めたわ。芸人やろうと思ってる」
coki
これは地元の仲間への報告であり、岸さんとしては高野さんへのコンビ結成の誘いではありませんでした。
ところが飲み会が終わったあと、高野さんから岸さんへ電話がかかってきます。
呼び出された場所は、近所の公園でした。
高野から突然「お前の気持ちは受け取った」|誘っていないのにコンビへ
公園のベンチで待っていた高野さんは、岸さんに思いがけない言葉を返します。
「お前の気持ちは受け取った」
coki
高野さんは岸さんから一緒に芸人をやろうと誘われたものだと思い、自分もお笑いをやるつもりになっていました。
岸さんには誘った認識がなかったため、この時点で2人の受け取り方は食い違っています。
岸さんが進路を報告しただけのつもりだった夜に、結果として現在の相方まで決まる方向へ話が進みました。
中学時代からお笑い番組の話はしていたものの、それまで2人でコンビを組もうと相談したことはありませんでした。
ワタナベコメディスクールへ|養成所のパンフレットを持ってきた高野
公園で話した翌週、高野さんはさらに具体的な行動に出ました。
お笑い養成所のパンフレットを岸さんのところへ持ってきて、一緒に行くつもりで話を進めたのです。
岸さんはFRIDAYのインタビューで、高野さんからパンフレットを渡されたことで、相手が本気で一緒にやるつもりだと知った経緯を語っています。
こうして2人はワタナベコメディスクールへ進み、芸人としてのスタートラインに立ちました。
岸さんには当初、シソンヌやかが屋のような雰囲気の相方と組みたいイメージもあったそうですが、高野さんと何かできないか考えるうちに、昔から知る高野さんの姿そのものに面白さを見いだしていきます。
中学の同級生だった2人は、2012年に「きしたかの」として活動を始めました。
芸人になった岸大将|体育会系だった2人の下積み時代
養成所を経て芸人になっても、岸さんと高野さんの生活がすぐに大きく変わったわけではありません。
ライブの手伝いや小さな舞台を重ねながら、先輩芸人との関係や自分たちの見せ方を覚えていく時期が続きました。
芸歴1年目に三四郎と出会う|居酒屋で何も食べられなかった2人
芸歴1年目の頃、岸さんと高野さんはライブの手伝いをしていた際に、三四郎の相田周二さんから飲みに誘われました。
岸さんは水泳、高野さんは剣道と、2人とも大学まで体育会系の環境にいたため、当時は芸人の先輩後輩関係にもかなり緊張していたそうです。
居酒屋で相田さんから好きなものを食べていいと言われても、2人は料理に手をつけず、話を聞いてうなずくことに徹していました。
その様子を見た相田さんから、ついには「お前らと飲みにいっても全然楽しくない!」と言われます。
競技生活では自然だった先輩への礼儀を、そのまま芸人の飲み会へ持ち込んでいた頃の2人が見えるエピソードです。
ライブを重ねながら「怒りツッコミ」の形が生まれる
現在の「きしたかの」を特徴づける高野さんの怒りツッコミも、最初から完成していた芸風ではありません。
転機の一つになったのが、三四郎の小宮浩信さんが出演するライブでした。
小宮さんから何度もいじられた高野さんが強いテンションで返したところ、客席から大きな笑いが起きます。
岸さんは後に、その頃の高野さんについて、現在のように計算された「怒りツッコミ」というより、本当に腹を立てていた部分もあったと振り返っています。
高野さんが強く怒るほど笑いが大きくなる形が、ライブの現場で見つかっていきました。
岸さんはネタを作りながら、その高野さんの反応を生かせる形を少しずつ組み立てていきます。
現在の芸風は、中学から知る高野さんの性格と、下積み中のライブで起きた反応が重なって形になったものでした。
2018年も「まずはネタ」|すぐには売れなかった時期
結成から数年が経った2018年にも、2人はまだネタを軸に名前を広げようとしていました。
同年には「おもしろ荘」への出演や「キングオブコント」準々決勝進出などがありましたが、そこで一気に全国区になったわけではありません。
「まずはネタ。ネタで笑ってもらって、知ってもらおう」
スポニチ
当時の岸さんは、2人とも体育会系で精神的にも身体的にもタフだと話しながら、それ以上にネタで知ってもらうことを優先していました。
結成から何年もライブを続けた時間があり、そのあとに別の場所から転機がやってきます。
YouTubeが転機に|「高野さんを怒らせたい。」からテレビへ
「きしたかの」の活動を大きく広げた場所の一つが、テレビではなくYouTubeでした。
ただし、チャンネルを作ればすぐに再生されるようになったわけではありません。
元後輩の一言から始まったYouTube
YouTubeを一緒に作ることになったのは、かつてマセキ芸能社で後輩芸人だった大河内敦揮さんから声をかけられたことがきっかけでした。
大河内さんは芸人を辞めた後も2人を気にかけており、ABEMAの「チャンスの時間」での姿を見たことから、岸さんと高野さんらしい笑いを映像で見せる場を作ろうとします。
チャンネルは2020年に始まりましたが、初期は思うように再生回数が伸びませんでした。
ライブでは高野さんが怒ったときに笑いが生まれる形をつかんでいたものの、それをYouTubeの企画として見せる方法はまだ定まっていなかったのです。
2022年からドッキリ中心へ|高野の怒りツッコミが動画で広がる
流れが変わったのは、2022年にチャンネルの方向を大きく変えてからでした。
高野さんへドッキリを仕掛け、そのリアクションと怒りツッコミを見せる構成へ寄せ、チャンネル名も「高野さんを怒らせたい。」として打ち出します。
公式チャンネルが2022年1月に公開したリニューアル動画でも、中学からの幼なじみである岸さんと高野さんの2人を軸に、新しい方向へ進むことが示されました。
ライブで見つけた高野さんの「怒り」を、ドッキリという動画の形に置き換えたことで反応が変わります。
岸さんはドッキリの仕掛け側へ回り、高野さんがどこで怒るのか、どこまでなら企画として成立するのかを見ながら動画を作る立場になりました。
2022年の方向転換後、YouTubeの再生数が伸び、テレビから声がかかる機会も増えていきます。
M-1準決勝やテレビ出演へ|中学から続く2人の現在
YouTubeで注目が広がった後も、岸さんたちはネタをやめたわけではありません。
M-1グランプリ2023では準決勝まで進出し、結成当初から続けてきた漫才でも結果を残しました。
一方でテレビでは、高野さんの激しいリアクションと、それを横で見ながらさらに展開を作る岸さんという組み合わせが知られるようになります。
岸さんは本人インタビューで、近年のテレビ出演にはYouTubeを見たことをきっかけとする依頼も多かったと話しています。
長くライブを続けてきたコンビが、YouTubeを経由してテレビへ広がったというのが「きしたかの」の特徴的な歩みです。
さらに岸さんは、中学時代からの歴史があるため、2人だけで共有しているノリや昔の出来事をそのまま笑いへ変えられることも強みとして挙げています。
「売れようが売れなかろうが、こいつとやってくしかない」
coki
中学1年で同じクラスになった友人が、大学を辞めた夜の行き違いを経て相方となり、その関係のまま長い下積みとブレイクまで進んできました。
父親になった岸大将|芸人として現在まで進んだその後
YouTubeの方向が変わり始めた頃、岸さん自身の生活にも大きな変化がありました。
長く交際していた一般女性と結婚し、その後は父親にもなっています。
6年交際した一般女性と結婚|2022年に第1子が誕生
岸さんは2021年10月16日、6年間交際していた一般女性と結婚しました。
結婚を公にしたのは2022年1月で、「チャンスの時間」で発表した後、自身のXでも報告しています。
結婚を発表した時点で妻のお腹には子どもがおり、2022年4月には第1子が誕生しました。
その誕生をめぐっては、高野さんらしい立ち位置が分かる出来事もありました。
高野さんはライブの楽屋で岸さんが周囲へ「子供産まれました!」と報告した際、自分だけ事前に知らされていなかったことをXで明かしています。
芸人として活動が広がる時期と重なるように、岸さんは結婚し、第1子の父親にもなりました。
水泳と中学時代の同級生関係が残る現在の「きしたかの」
芸人になってからも、岸さんの競泳経験は過去だけのプロフィールではなく、身体を使う企画などでたびたび表に出ています。
学生時代に水泳を続けてきた岸さんと、剣道を続けてきた高野さんは、芸歴の浅い頃から2人とも身体を張れることを自分たちの特徴として挙げていました。
その一方で、現在のコンビをより強く支えているのは、中学1年から積み重なった友人としての時間です。
昔の出来事や共通の友人、2人だけが分かるノリをそのままネタやトークへ持ち込めるのは、後から出会った仕事上のコンビとは違う部分です。
競泳選手として全国大会を目指していた岸さんが水泳を辞めたところから、芸人としての人生が動き出しました。
江東区で育ち、学生時代の多くを水泳に使ってきた岸さんは、大学3年で競技を終えたことで、それまでとはまったく違うお笑いの世界へ進みました。
そこで隣にいたのは、中学時代からお笑い番組の話をしていた高野さんで、2人はライブで自分たちの形を探し続けた後、「高野さんを怒らせたい。」をきっかけに活動の場を広げていきました。
競泳を続けた学生時代も、中学から続く友人関係も形を変えながら残り、現在の「きしたかの」につながっています。
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